[帰ってきたくまとり]

われはロボット

★アシモフファン以外の人は読まないでください。
久々に映画を見てきました。実に前回はたぶんキューティーハニーなので、実に4ヶ月くらいぶりです。なんとなくしばらく我慢していました。

見た映画は「アイ,ロボット」です。根っからのアシモフファンとしては、見逃すわけには行かないところです。
それにしても、(ぼくと映画の話をしたことがある人は耳にタコだと思いますが)なんでなんでもかんでもタイトルをカタカナにするんでしょう。ロードオブザリング(「指輪物語」とすべき)も相当腹立たしかったですが、今回も納得がいきません。「わたしはロボット」にするか「われはロボット」にするか、それとも別の何かにするかなかなか難しい問題ではありますが、「アイ, ロボット」というタイトルは明らかに誤りです。なんとかしてください。

さて、以下ではアシモフファンを対象に話を進めます。アシモフのことを良く知らない人は読まないでください。また、ネタバレ情報も含みますので、これから見たいと思っている人でストーリーを知りたくないという人も読まないでください。

★ネタバレ含む感想
ええと、結論から言えば僕はとても楽しめました。しかしそれはアシモフファンでいろんな話の背景を知っているからかもしれません。普通の人がどう見るのかは、ちょっとわかりません。

ちょっとどうかな、と思ったのは次の点です。

1) ちょっと話が単純化されすぎている(まあ、仕方がないか)
2) アシモフが最後まで避けていた「三原則を破るよう設計されているロボット」を登場させている
3) NS5が支配を受けると三原則を破って人を傷つけることができるようになる(支配を受けると自律性を失う)

2)については、実際にはアシモフも三原則を弱めたロボットを登場させていたりするので(「迷子のロボット」)まあ許してもいいのかも。NS5というのも、「迷子のロボット」のNS2をモデルにしているんでしょう。しかし3)はちょっとイマイチだと思いました。

それにしてもシリーズ登場から60年経って映画になるというのもすごい話で。

今回の映画は結構いろいろなロボットものの小説からモチーフを取ってきていた気がします。サニーが1000体の同型ロボットにまぎれるところは「迷子のロボット」ですし、話全体はわれはロボットの最終話「厄災のとき」の話を少しひねっていると見ることもできます。(ロボットが人類全体の幸せのために人間を支配し、局所的な人間に対する被害を無視するという話は、「厄災のとき」の他、後期ロボットシリーズのR・ダニール・オリヴォーの考え方にも出てきますね)

主人公スプーナーとサニーの関係も、イライジャ・ベイリとダニールの関係を思わせるところが何度も出てきます。

全体がミステリ仕立てになっているのも、アシモフのロボットものの映画化としてはとてもよいと思います。ラストのアクションなんてやめて、最後までミステリでいけばいいのに。それが成立するならイライジャ・ベイリもののロボットミステリ三部作も映画化できそうなんですが。この映画にアクションを期待している人がどのくらいいるんでしょう。(いや、実際にはアシモフファン以外のすべての人が期待しているのかも。)

アシモフの小説はロジックでオチがつくだけで、見た目に派手さがないので映像化が難しいなんていわれているようですが、実際、振り返って見ると、アシモフのロボットものにはアクションシーンが入っているものもあります。ハリ・セルダンものなんてアクションシーンばかりと言ってもいいし(ただし、オチはかならずロジックですが)、イライジャ・ベイリものもファウンデーションシリーズも、映像的な見せ場はたくさんあります(ただし、オチはかならず理屈でつくんですが)。アイ, ロボットが許されるなら、他のものも映画化して欲しいな。

アシモフファンとしては結構楽しかったので、もし余裕があれば、ロボットものをひととおり復習した上でもう一度見直してみたい映画でした。

コメント(2)| Track back(0) | 2004-09-24 02:21:19

前例主義と自治体の人事について

6/5の日記には、自治体や政府が情報化政策を計画して実施することがなぜ難しいのか、簡単にまとめた。そこでコメントも頂いたので、その中でも前例主義と人事の問題について、もう少し整理してみる。ぼくの専門は地域情報化なので、ここは自治体に限って議論したい。霞ヶ関については、基本的な構造は似ているものの、また事情が異なる。

以下で行う議論は一般的な構造についての議論であり、自治体や自治体職員が実際にどのくらい積極的に取り組むかは、個々のケースに非常に依存する。

★前例主義の弊害
前例主義の弊害は主に次の二つだと考えられる。

弊害1) 新しいことを実施することが難しい
弊害2) 新しいことを導入するのが遅くなる

どちらも、歴史があって安定している問題領域では、これらの欠点はそんなに大きな問題にはならない。むしろ、慎重になることのメリットの方が大きい場合も多いだろう。ところが、こと情報化に関しては、スピードが大変速いため、変化に適切に対応することが非常に重要になる。つまり、自治体が取り扱わなければならないトピックの中でも、特別な性質を持っている。情報化の世界では"The fast eats slow"であるような事柄も多く、遅くなることが致命的な問題を引き起こす場合もある。

これに対して、前例主義の利点もたくさんあるだろう。思いついたものを非常に簡単に整理すると、次のようなことになるのではないか。

利点1) 大失敗が少ない
利点2) 論点整理が十分にできる
利点3) 責任が小さくなる

役人の人が企画をする場合、とにかくまず事例を集める。似たような事例がないか徹底的に調べ上げた上で、よさそうなものがあればそれを参考にしたり、真似たりしようというわけだ。もちろんこれは重要なことで、新しいことをやろうとするとき、過去の例やすでに議論されている論点を知らないようでは話にならないわけだ。

これはちょっと脇にそれるが、もうひとつの役人の人がやることは、わかっていそうな人に質問することだ。基本的に役人はジェネラリストとしての教育を受けるので、高度に専門的なことや、将来の予測を含むようなことを自分で判断するのが難しい場合が多いためだと思われる。実は、役人が専門家であるような領域は多く、既存の行政の役割、例えば道路行政であるとか、年金政策であるとか、そういうことには精通している人も多い。しかし、こと情報化ということになると話題が新しすぎて、さすがに難しい。

★リスクを取れるか。
さて、問題は役人がリスクを取れるのかということだ。4月13日の日記にも書いたのだが、そもそも役人が置かれている環境を考えれば、リスクを取れと言うのは酷なことだということを理解しておきたい。役人は基本的には決定する役ではなく執行役であり、失敗しないことがあたりまえだという世界だ。採点方法を大きく加点法(成果に対する点数を積み上げて行く)と減点法(どれだけ失敗したかを積み上げて行く)に分けるとすれば、役人の採点は多くの場合減点法で行われる。そういう世界でリスクを取るのは大変難しい。

仮にリスクを負って成果を上げたとしても、役人に対するフィードバックは小さい。もちろん、ないわけではないが。

前例主義はこのようなことを背景にしている。失敗を避けるのが第一という組織的な仕組みが働いているわけだ。前例主義を取れば失敗の確率は減るし、失敗した場合でも言い訳のしようがある。

★人事交流
このような問題に風穴を開けるのが人事交流だ。人事交流には大きく二つの利点があると考えていいだろう。

利点1) 外部の専門知識を持った人材を組織の中に導入する
利点2) 短期間で成果を上げようという意識を持った人材を導入する

利点1は明らかだろう。利点2は、外部人材の任期の問題だ。普通の役人は20代前半で就職して60歳が定年だとすれば、35年以上同じ組織内で働くことになる。減点法の組織で35年以上も働くということになれば、構造的にリスクに対する考え方も慎重にならざるを得ないだろう。しかし、人事交流で入ってくる重要ポストの外部人材は、3年程度が任期の場合が多い。彼らは逆に、その短い間に成果を上げたいと考える。これがよい刺激になる場合がある。

自治体の情報化を考える場合、重要な人事交流は、外部の情報化に関する専門家を連れてくる場合か、中央省庁の官僚を受け入れる場合だろう。中央省庁の官僚を受け入れる場合には、利点1はあまりない。しかし、利点2だけでもある程度のメリットはあるわけだ。前例主義を打破するという文脈では、むしろ利点2の方が重要だと思われる。

ただ、外部人材を重要ポストに起用することの問題点も、ないわけではない。最大の問題点は、継続性に難があるということだろう。外部人材のスキルに頼った仕組みを作ってしまうと、その人がいなくなると継続性がなくなったりする。また、「短期間で成果を上げよう」という意識が強すぎると、先のことを熟慮せず、花火だけ上げればいい、派手なことができればいいということになってしまいかねないという問題もある。

もうひとつ、地味だが難しい問題は、内部の人間をどう処遇するかということだ。情報化などの領域では人材を内部でも育成しなければならないという問題意識は多くの自治体で共有されているのだが、外部からの人材を重要ポストに据えることを前提としてしまうと、内部で育った人材を処遇するポストがなくなってしまう。人間は「がんばれば未来にはこうなれる」という期待がなければ、なかなか前向きにがんばることが出来ないものであって、それが構造的に難しいとすれば問題だ。ただ、情報化という分野がまだ始まったばかりであり、専門的な人材の育成や領域の成熟に時間がかかりすぎることを考えると、このことについては時間が解決するということもありえる。

★おわりに。人事以外の問題?
ここでは人事だけの問題を述べてきたが、本当は、前例主義の問題は人事の面だけの問題ではないはずで、いろいろな方法があるはずだ。ただ、現時点では僕は前例主義の問題は本質的に「役所」という役回りの組織が持っている構造的な問題であり、特に人事の仕組みが一番大きな影響を与えているのではないかという印象を持っている。前例主義の問題は、結果ではなくプロセスの問題なので、そのプロセスをつかさどる人間の影響がとても大きいのではないか。

他に考えられる前例主義を和らげる方法は、外部からのチェックを入れたり、先進的な試みを評価したり紹介したりする場を増やしたりすることだ。ひょっとすると、情報化関連の仕事をまるごとアウトソースするなんて過激な方法も考えられなくはないかもしれない(これはこれで色々と難しい構造的な問題があるのだが)。しかし、これらの方法については残念ながらまだ深く考察できるだけの材料を持っていません。

ところで、上の議論はいかにも「役所は前例主義でひどいところだ」という風な話に聞こえるし、実際構造的にはそうなっているのだが、元気で積極的な考えを持って活動をされている自治体職員の方も多くいらっしゃることは最後に書き添えておきたい。志の高い人は確実にいる。

コメント(3)| Track back(0) | 2004-06-10 23:16:45

電車男について

今日は電車男について書いておきたい。今日の日記は個人的なメモ・感想に近いモノで新しいことは書いてありません。(ネタバレ注意)

念のため、電車男がなんだか知らない人へ。ネットで今流行っているものの一つです。リンクを辿って読んでみることをお勧めします。内容の概要を説明することはしません。ただし、読み始めると数時間かけて一気に読んでしまう人が多いようなので注意。以下、電車男を読んでいない人には通じない話になっていますが、気にせず書きます。

★何故今頃電車男なのか。
ずいぶん前から電車男については知っていたし、読み始めていたのだが、実は我慢して仕事の合間の気分転換などにちょっとずつ読んでいた。ついに昨日読み終わった。

とても清々しい気持ちで読み終えた。これは一体なんだろう。
あまりにも奇妙な清々しさが残ったので、時事ネタはあまり扱わないルールにもかかわらず、感想を書いておく気になった。

★どうしてこんなに楽しめたのか。
誰もが指摘していることだが、この話は出来すぎている。ネタじゃないかと疑う人がいるくらいだ。しかし、電車男氏の発言のタイミングが理由なのか、内容が理由なのかよくわからないのだが、不思議に現実感がある。そこで起こることや電車男氏の書き込み、それに対する読者の盛り上がりが妙にツボにはまり、「これは本当の話であって欲しい」という気分にさせられる。

確かに楽しいのだが、小説やテレビや映画の楽しさとは明らかに違うものだ。「これを映画化したら面白いだろう」なんて人もいたが、多分もしストーリーだけを映画化したら恐ろしくつまらないモノになる可能性があるんじゃないか。なにしろ話が単純すぎる。スレ形式の小説なんていうのが面白いんじゃないかと言っていた人もいたが、考えるにつれて、これがすべて創作だったらやっぱり面白くないだろうと思えてきた。

これはアレに似ている。昔なら学校の友達何人かと帰り道に。今なら友達何人かと居酒屋なんかで、そのメンバーのうちの一人の恋愛悩み話を聞き、周りの人でわいわいがやがやと勝手に無責任なアドバイスをするという場面だ。アレだって、考えてみれば何が面白いんだかよくわからない。他人の恋愛話だし、聞いてる話だって、もちろん映画や小説のように凝った設定があるわけじゃない。大抵は本当によくある話だ(電車男の話のように)。

ところが、そこに参加することはとても楽しい。それはコミュニケーションの楽しみだし、「相手が自分の立場だったらどうするか」と考えてみる楽しみだし、「俺ならこうする」と発言することを通して、自分はどんな人間であるかを主張しあって、信頼できる仲間内で個性や考えの違いを話し合う楽しみだ。

僕には、電車男のおもしろさはまさしくこれのように見える。リアルタイムでそこに参加していた人はさぞ楽しかったろう。僕はそれを疑似体験したということじゃないだろうか。はっと我に返ってストーリーを見るとひどくご都合主義の低俗な恋愛小説もどきだとかいうことは関係がないのだ。その、いろんなものが混じった楽しみの息づかいが楽しみの源泉なんじゃないかと思う。

★この楽しみを、計算して作り出せるか。
だから、多分最初から「これは作り物だ」と知った上で、似たような創作物を読まされたり、映画を見させられたりしたら、そんなに楽しめないだろう。それとも、楽しめるのだろうか。楽しめるんだとしたら、そこには今までの創作物の方法論とはちょっと違うエンターテインメントの仕組みが必要なのに違いない。

でもやっぱり楽しめないような気がするなあ。こればかりは、現物をみないとわからないわけですが。多分作り上げるとすれば、二つのパターンがあるんだと思う。

パターン1) スレッドのやりとりすべてを作り出す。電車男のような肴になる人物の発言から、それに対して他の人がどう反応するかということまでをすべて計算し、ストーリーとして書き出す。

ある意味では今ある小説や映画だって、全く同じことをやっているとも考えられる。楽しいものもできるかもしれない。しかし、ここで得られる楽しみは「電車男」で得られるものとは異質なんじゃないだろうか。もし、そうやって出来てくるストーリーが全部「電車男」のように単純なものでも、僕らは楽しめるだろうか。だんだん、「このストーリーにはひねりが足りない」とか言い出すんじゃないだろうか。それは文学や映画が新しい表現を得たというに過ぎないような気がするし、しかも、慣れてきたらとてもまどろっこしいと感じるような気がする。最初の1回か2回なら奇をてらった表現として、実験的な新しいものとして受け入れられるだろうが、相当洗練されない限り、消えてしまうんじゃないだろうか。

パターン2) スレッドの「肴」の部分だけが創作で、スレッド上の他の人はそれを肴に盛り上がる。

これも、今テレビドラマや週刊雑誌のマンガなんかをネタに僕らがやっているコミュニケーションと本質的には同じだと思う。しかしこの方がまだしもパターン1)よりは「電車男」の楽しみに近いだろう。そして、この一連のやりとりをまとめて作品にしたら、パターン1)よりも面白いものになるかもしれないと思う。 この楽しみ方はアリかもしれない。ただ、ここに参加して楽しむにはかなり高度なスキルが必要とされるような予感もある。

しかし、その話が作り物だとわかっているとき、「電車男」のような爆発的なおもしろさは生まれないような気がする。

★とにかく
電車男を読むことは、僕にとっては楽しみでした。上のような話は、読んでいない人にはさっぱりだろうし、「理屈ばっかり言ってもつまらん」という見方もあるでしょう。「電車男を題材にしてコミュニケーションを楽しむ」という類の話だということをお断りしておきます。

いやあ。しかし電車男はなかなか衝撃でした。

コメント(3)| Track back(0) | 2004-06-09 23:04:08

地域情報化の本質を考える(4)

今回は思いつく限り地域情報化関連のトピックを挙げてリストにしておきたい。まず間違いなく完全なリストではない。他の話題を思いつく人がいれば指摘してください。理解の浅い分野も多いので、外したコメントをしている部分もあるかと思いますが、あえて書いてみます。

■地域通信インフラ構築
多くの地域ではまだ広帯域常時接続を利用できるような状況にはなっていない、ということを始め、インフラ構築に関しては多くの課題が残っている。とにかく、大きな枠組みで言えることは、市場原理・競争の導入では地域の通信インフラ構築は進まないということがはっきりしたということだ。これを受けて、地域では自前でインフラ構築を始める事例が増えている。地域通信インフラ構築はこれからが本番になってくる。

■電子自治体
住基ネットなどで騒がれてもいるが、それはむしろごく一部の話。オンラインでの情報提供やさまざまな業務系システムのオープンシステム化・統合からはじまり、手続きのオンライン化、BPR、文書管理システムや情報公開、役所内の端末やら関係者の情報技術教育まで、話題は非常に多岐に渡る。後に述べる情報システム調達とも密接な関係がある。

■地域産業活性化とインターネット
多くの人にとって、地域情報化は地域産業活性化のためにこそあるものだ。地域産業はその地域によって全く性格が違うので、インターネットの活用方法も全く異なる。例えば、中小製造業が多いところでは、共同受発注や図面の受け渡しにインターネットを活用するなんて話がある一方、観光主体のところでは、どのように宣伝するか、宿の予約をオンライン化するためには、なんて話をしたりする。インターネットを地域産業活性化の切り札であるかのように話す人もいるが、実際には下駄を履かせるという程度のモノで、劇的に変わったりはしないことの方が多い。むしろ、インターネットを使った企画を考えるために地域産業の人材が集まって一緒に悩むことの方が効果があるのではないかとさえ思う。

■ベンチャーインキュベーション
地域産業活性化とも関係があるが、新規産業を創出しようという試みも多くある。都道府県が中心か。しかし、ベンチャーインキュベーションは難しい。そもそも当たりが出る確率が低いし、サポートの仕方もよくわかっていないケースが多い。グローバルニッチを狙って世界で勝負する強いベンチャーがもし育ったとしても、多くの場合東京に進出してしまって地元には残らない場合が多い。大当たりは望めなくても、地域密着型ベンチャー企業を育成することが吉か?

■医療とインターネット
地域単位で医療・看護にインターネットを生かす例も出てきている。地域内の医者や看護に関わる人がネットワークを使って連携をするようなケースだ。大きな可能性を感じるが、残念ながら詳しいことを知っているとは言えない。いろんなタイプの人が密に連絡を取らなくてはならないこともあり、まず人がどのくらいのコストをかけてシステムを使いこなせるかというところが大きなハードルとなるようだ。これ以外にも、おそらく多くの可能性があるだろう。

■教育とインターネット
教育とインターネットの関係も非常に重要だ。そもそも、アメリカで情報ハイウェイ構想なんて話が出てきたときにも教育は最優先課題だったし、日本でもとにかく「教育にインターネットを導入することが重要」とよく言われてきた。教育は多くの場合地域と密着しているし、公立の学校は自治体に属していることもあって、地域と教育とインターネットの関わりは深い。

■情報システム調達
電子自治体の構築には、必ず情報システムの調達が伴うが、これには多くの悩みがある。ITゼネコンにシステムを丸投げしていてもあまりいいことがないためだ。自治体が発意して欲しいシステムの像を造り出し、それを調達で実現するには、調達の仕組みを工夫する必要がある。

■市民活動とインターネット(エンパワーメント)
市民活動にインターネットを利用することも多い。市民活動をする多くの人は、普段生活している社会では必ずしも多数派ではないが、インターネットを通じて同じ考えを持つ人との交流をすることが出来る。このため、活動をする人にとってはインターネットはかなり有効なツールとなり得るようだ。NPOの活動などでインターネットを利用している例も見られる。が、僕はあまり詳しくない。

■住民の情報発信
住民が持っている情報をインターネットを使って発信していくことで、上滑りではない地域情報の蓄積を作っていこうという動きがある。こうやって作られた情報には、「作られた情報」に見られるような軽薄感はないし、地域の姿がよく表されている場合が多いように思う。関わっている住民自身が地域を見直すきっかけになることも多いようだ。

■インターネット商店街
商店街をインターネットに乗せるというような試みも、非常に多く為されている。しかし、「インターネットで商店街をするのは鬼門だ」という人がいるくらい、この分野は難しい。東京のような特殊な地域を除くと、多くの地域で商店街が寂れているが、これは構造的な要因によるものが大きく、小手先の情報発信くらいで解決できるようなものではない場合が多いのだ。ただ、ある程度の効果を出しているところがあるのも確かで、一概に無駄とか有効とかいうことはできない。難しい。

■GIS
多くの自治体はGISのシステムを運用しているが、地図というのはいろんなアプリケーションの媒介として非常に優秀に働くので、これを中核にしていろんなサービスをできるようにしよう、連携させようなんて話がでている、らしい。残念ながら詳しくない。

■デジタルデバイド
デジタルデバイドという言葉も最近あまり聞かなくなったが、まだまだ大きな問題だ。最初に述べたインフラの問題も大きいし、高齢者などの問題もある。これに対する地域ぐるみでの対応もある。と言っても、最近は地域通信インフラ構築以外の話題については、特に大きく言及されることはなくなってきた。

■情報教育
学校で行われる情報教育だけでなく、すべての利用者向けの情報教育を地域ベースで行う例が増えている。2001年度に総務省の交付金をベースに実施されたIT講習会がこの代表例。民間の事業者も多くある(たとえば「アビバ」なんていうのはそのひとつ)。これだけパソコンの普及やインターネットの利用形態の変化が激しいことを考えると、学校教育で教えるだけでは不十分なことは明らかだ。なぜなら、学校を卒業してから変わることが多すぎるからだ。多くの人は自学自習するわけだが、講習などを通じて学ぶ必要を感じている人も多い。高齢者向けの講習会なども多い。自治体主導のものもあれば、NPOが実施する例もある。

■「地域情報化とは」
さて、ここまで多くの項目を並べてきたが、これらの間には地域という共通点がありながら、視点がそれぞれかなりずれている。ひとつひとつの項目は生活や経済など個別のテーマに密着した話題だけに、引いた観点から「地域情報化とは何か」という見方からそれぞれを位置づけようとするととても苦労することになる。おおざっぱに言えば、「地域をどうにかするために、情報化をツールとして使う」という見方と、「情報化を進めるためには、地域という単位ですすめるとうまくいく」という見方の二つの見方があるように思える。この二つの共通点をあえて言うならば、問題解決指向の考え方だろうか。

もう一つ大きな見方があるとすれば、情報社会のありかた、方向性の中で地域の持つ意味という考え方があるのだろうが、こういう見方は実は一般的ではない。ただし、ぼくが興味を持つのは実はこの見方だ。

うーん。とりあえず項目リストを作ってみたので、今後はこれを増やしたり減らしたり、あるいは見方を整理したりといった道具に使えるかも知れません。

コメント(1)| Track back(0) | 2004-06-08 23:28:08

情報関連政策が難しいわけ(2)

今日は昨日の日記の続き。こんなことは詳しい人であれば誰でも知っていることではあるが、念のために文章で整理しておくことにしたい。

政府や自治体の情報化関連施策を作るのが難しいのには、たくさんの理由がある。そもそも、「お役所」が扱うのに向いている話題と向いていない話題があると思うのだが、情報化の話題はもっともお役所が苦手とする種類の課題なのではないかと、時々思う。

★情報化は新しい課題: 予測の難しさ
情報化というのはとても新しい話題だ。政府や自治体の扱う話題にはいろいろなものがあるが、その中でも情報化というのは特別に新しい。例えば道路行政、建築行政、福祉行政、医療行政など、どれを取っても非常に長い歴史があり、理論も構築されていれば前例もある。もちろん、新しくしなければいけない課題も多くあるだろうが、これまでの経緯の中で専門家もおり、論点も整理されている。

ところが、情報化の課題については、すべてを新しく考えつかなくてはならないのだ。インターネット普及以降、世の中は本当に変わったし、行政に求められる役割も増えたが、それらはすべてわずかこの10年間の間に変わったことだ。そのほとんどのことは、手探りで決めていかなければならなかったろう。

そもそも、社会が情報化によってどう変わるかなんてことは、誰にもわからないことだ。10年前のインターネットに関する本を読んで、その未来予想図を見てみればいい。世の中、やってみなければわからないことが多いのだ。さて、行政や自治体の担当者が未来はどうなるか予想をすると言っても、専門家ではないから非常に難しいし、なんらかの予想をしたとしても、外れたときのことを考えれば、担当者の責任でそれを元に計画を作るなんてこともできない。そこで、専門家の委員会を作って、そこにお伺いを立てるわけだ。しかし、僕の印象では多くの場合これは必ずしも機能したとは言い難い(これについては異論もあるかもしれない。これは僕の個人的な印象だ)。専門家がいい加減だというわけではなく、問題が難しすぎた。

★前例主義の問題と情報化の進展速度
そして、一般に行政や自治体は基本的には前例主義で動いている。前例のないことをやるのは大変なのだ。これには非常に合理的な理由がある。役人は政治家ではなく、基本的には誰かの判断を執行する役だ。このため、どんなに合理的に見えても自分自身で勝手に判断して責任を取るということは難しい。しかし、前例があれば、そのことを判断の根拠にできる。もちろん、前例を見てその成否を参考にした方が、安全でもあるだろう。

ところが、情報化の進展速度があまりにも速いため、前例を待つことが出来ないということもよくおこる。例えば、自治体の情報ハイウェイのパターンを見てみると、非常に基本的な事柄である「作ったインフラを開放するか」「借り上げ回線で作るか、自前で作るか」などといったことでさえ、選択は全くばらばらであると言っていい。多くの自治体で検討が同時に進んでおり、それぞれ個別に少ない情報を元に判断した結果だと考えていいだろう。

★年度の問題
普通なら安全なはずの前例主義が、かえって危険に働くということもよく起こる。自治体の政策は年度単位で検討されるため、前例を参考にすると言っても通常で2年、早くて1年のタイムラグがある。その間に技術や社会状況ががらりと変わり、以前は有効だった選択が妥当でなくなるということがよく起こるのだ。

最初の事例が検討に1年から2年をかけているとすると、それが世に出てから前例主義で追随した場合、最初にその施策が検討されていた時から3年も4年も経ってから実現されるということもある。それでは、かなり前提条件がずれてしまっていても仕方がないというものだ。

★人材の問題、数と配置転換
人材の問題もある。そもそも、日本の政府や自治体の職員は、通常、技官を除き特定の部署にずっと居続けるということがない。従って、情報関係の部署に配属された職員も3年程度で配置転換されてしまうケースが非常に多い。スペシャリストではなくジェネラリストを育てるのが、日本の役所だ。

ところが、情報技術とその応用を、もともと専門でない人が学ぶには非常に時間がかかる。このため、日本の情報政策を決める現場には「わかっている」人が非常に少ないし、ようやく理解できてきたら配置転換になってしまうということがよく起こる。

政策策定だけの問題ではない。現在では、外部の業者から情報システムや情報機器、サービスなどを調達することが増えているが、その業者がやっていることの内容に対する深い理解がなければ、正しい調達をすることはできないというような問題もある。

★どの部署が払うのか、政策調整の難しさ
さて、多くの自治体には情報政策を企画するセクションがある。「情報政策課」だったり「IT推進室」だったり、名称はそれぞれだが、大抵はそこがその自治体の情報化基本計画を作っている。(小さな町村では、独立した部署はない場合も多い)

その情報化担当部署は、自治体の情報化の全体像を企画するわけだが、情報化というのは自治体のすべての活動に関係する、非常に基本的なことがらだ。このため、情報化計画は自治体のすべての部署に関係するし、実際の仕事の多くはそれぞれの政策領域を扱う部署が実施する。すると、情報化担当部署と、他の各部署との関係はどうなるのかという問題が生じてくる。

それぞれの部署はある程度連携できなくてはならないし、プラットフォームもなるべく共通のものを利用できる必要がある。このため、情報化担当部署はしばしば他の部署間の調整役をする立場になる。しかし、情報化担当部署は他の部署と対等の関係にあるため、この調整は簡単にはいかない。

これが自治体であれば、情報化担当部署があるだけ、まだマシと言えるかも知れない。中央省庁の関係はそれぞれ対等であるため、調整はより難しいと言えるかも知れない。

★暫定まとめ
このように、政府・自治体が情報化を進めるのはもともと非常に難しい課題だ。その割には、政府も多くの自治体もよくがんばっていると言えるかも知れない。もちろん、難しい要因は他にもあるだろう。

政府や自治体の現実的な情報化施策を考える上では、背景にある問題を理解した上で進める必要がある。

コメント(5)| Track back(0) | 2004-06-05 23:56:42

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