2006年04月08日

芹沢光治良 [ 紹介 ]

2006年4月28日、新潮社から、14,700円で、
『神と人間』が刊行されます。
全八冊だから、一冊1800円程で、高くないようですが、
セット販売なのですね…
生誕110年、刊行後20年を記念しての出版です。

芹沢光治良さんは、高校生の時よく読みました。
人間の運命全14巻を読破した他、二三冊を読んだきりで止まって、
その後は読まず仕舞い。
胸を張れるほどの読者ではありませんでしたが、
あの年代、芹沢光治良さんの文章を読んで良かったと思います。
静かで知性を感じさせられたものです。
今となっては具体的にコメント出来るほど覚えていないのが残念(汗)

私は、その後、他の方へ関心が拡散し、
感じ方考え方が少しづつ離れてしまいましたが、
いまなお、多くの熱心な読者が居られる様子を、
ネットで知り得ました。

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2006年04月08日

借りれるうちは借りとけ [ 図書館 ]

夜、暗殺者の夜の果てへの旅(さようなら、私のブログよ!)
というサイトある。
そのカテゴリー「図書館」内にあった一文がこれ(笑)

>20冊まで借りられるようになって、明らかに読む時間がないのに、
借りてきた。

そうそう、大阪へ行った息子の置き土産が、
県立図書館の貸し出しカード♪
他人のものを私物化してはいけませんが、
貸してくれた人の心遣いを無にしてもいけません。
というわけで、この次ぎ図書館へ行ったら、
何を借りようかな〜ぁ(爆)

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2006年04月08日

面白い評 [ 紹介 ]

ペンバリー館—続・高慢と偏見
というあのオースティンの名作につなげた続編が出ている。
アマゾンで評を読むと、やっぱり…

>私は思わず暴れたくなってしまいました。
こういう読書感想は初めて読みました(笑)

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2006年04月08日

気になる本 [ 覚え書き ]

サイト「おいしい本箱」より
図書館戦争
有川浩著
メディアワークス

まほろ駅前多田便利軒
三浦 しをん
文藝春秋

クロニック講談社の90年
東川端参丁目の備忘録
によると、
2000円!や、安すぎる。出版社の社史で一番人気のあるコレがこんな値段で買えるとは

次の本は、未刊・近刊ですが・・・
鹿野政直『岩波新書の歴史 付・総目録1938〜2006』 945円

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2005年12月20日

福原麟太郎さんと庄野潤三さん [ 覚え書き ]

対談 瑣末事の文学
「俳句」 1975年2月号

山の上に憩いあり-都築が岡年中行事
庄野潤三著
に再録


福原麟太郎著『夏目漱石』(荒竹出版、昭和48年)
「日本の文壇と英文学」

文学的人生 : 福原麟太郎対話集
1970 研究社出版

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2005年12月08日

『ガンビア滞在記』評をめぐって [ 覚え書き ]

『ガンビア滞在記』評をめぐって

『野菜讃歌』に納められている「私の履歴書」で、
庄野潤三さんは次のように書かれています。

「或る月曜日」で福原さんがとり上げて、
有難いことばを頂いたことを書きとめておきたい。

福原麟太郎さんによる「或る月曜日」というのは、
『野方閑居の記』の中にあって、
次の言葉が見られます。

庄野さんの名著「ガンビア滞在記」
何と言っても「ガンビア滞在記」は名作である。
ギャスケル夫人の「クランフォード(女ばかりの町)」に比すべきものである。

福原さんとの交友は、庄野さん自ら、
『文学交遊録』に詳しく書かれております。
この本を待つまでもなく、
お二人の間柄は、
庄野潤三さんの『世をへだてて』を読むとよく分かりますし、
又、チャールズ・ラムについて、
福原さんによる伝記を数多く引用しながら、庄野さんが、
『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』を書かれていることでも、
十分過ぎるほど伝わってきます。

私は、『夕べの雲』の後、『山の上に憩いあり』を機に、
一気に庄野さんの世界に入り込んだのですが、
その前に福原さんの文章にも親しんでいて、
一頃、それはそれは、楽しい読書の時代を過ごしました。
そういう読者にとって、
堀江敏幸さんの「ユーモアの向こうにある不安の影」
というエスクァイア日本版2006年1月号掲載の書評は、
ショッキングなものでした。

でも、しばらくして、頷ける気もしました。
庄野さんの初期の作品は読んでいないのですが、
チャールズ・ラムを通してそう思えるのです。

ラムには、時折精神に異常をきたすお姉さんがいて、
その影が、ラムの随筆にかかっているのなら、
庄野さんの初期の作品で取り組まれたことが、
その後の作品に影を落としていても不思議はない。
そういう風に、思い至ったのです。

でも、それは、庄野さんの文章そのものから直に受けるのではなく、
読んでいて平板に思えない、あいまいな雰囲気から感じられるのに過ぎないのです。
堀江さんによる深読みだと思います。
この歳に至って、一つ腑に落ちたので、この評には感謝しますが、
これから庄野さんの作品を読まれる方には、
ちょっと、きついかな、とも思います。

「ガンビア滞在記」は、堀江さんの評におさまらない、
広がりをもった作品です。

みすず書房版の解説で坂西志保さんが書かれている、
庄野さんのガンビア行きの背景を汲んで読んでも、
得るところはあるでしょう。

また、先に引用した福原さんの文章には、次のような箇所もあります。

「滞在記」をたたえたいくつかの文章が、
おそらく見逃しているらしいことを、
ここに一つつけ加える。
それはおそらく、ありのままの庄野氏の滞在記であろう
この小説のその一年の物語に、ちゃんと季節が織り込んであって、
春夏秋冬とりどりの自然が、
さりげなく書き入れてあることである。
これは実に精妙と言わなければならない。

さまざまなものが含まれた豊かな文学と言っていいでしょう。
試みに、福原さんの文章を追えば、
この滞在記の背景が、どんどん広まること、請合います。

平明で自然に書かれてあるけれど、
繰り返し読むに耐えるものだと思います。

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2005年11月04日

誰も読まなかったコペルニクス [ 紹介 ]

誰も読まなかったコペルニクス
オーウェン・ギンガリッチ著
2005 早川書房


1973年のコペルニクス生誕500年記念祭に向けた世界規模の壮大な準備作業に関わっている、
著者は、ハーバード大学での天文学と科学史の教授でもあります。
彼は、どんな新しい見識を講演で示せるのかと、途方にくれています。

もう何世紀にもわたってコペルニクス研究はなされてきたであろう。
アーサー・ケストラーは、コペルニクスの著書について、
初期天文学の歴史を描いた1959年のベストセラー「夢遊病者たち」で、
あまりに専門的な上に退屈だったので誰にも読まれなかったと言っている…。

そんな時、1970年エディンバラ王立天文台にあるコペルニクスの初版を見つけた著者は、
その最初から最後までびっしりと書き込みがされているのに出会います。
これをきっかけとして、
現存するコペルニクスの本をすべて調べてみたい
という思いに取りつかれるようになりました。
10年かけて、ケストラーの主張が完全に間違っていることを確信し、
30年をかけ、本の及ぼした影響を入念に実証しました。

実証した本は、「コペルニクスの「回転について」の注釈つき調査」で、
400頁に及ぶ参考目録として2002年に刊行されています。
コペルニクスの601部について一点一点説明してあるそうです。

この実証本が出来上がるまでをまとめた個人的回顧録が、
私の読んでいる本です。

第一章は、法廷を舞台にした一幕の読み物としてなかなか面白く、
誰もが楽しめるでしょう。
第二章からは、メモをしないとちょっと読み辛いかも知れませんが、
メモをしたらそれに見合うだけの面白さがついてくるはずです。

もっとも、今の私は、余りにも多いメモを前にして途方にくれています。
こんなに読みどころ満載の本を、どうしたら手短に紹介できる?(笑)

1543年に「回転について」が出版されるまでのいきさつから、追跡に入っていきます。

まず、知っておかねばならないのは、
この「回転について」は、最初の5%が知的に楽しめるものの、
残りの95%は、恐ろしいまでに専門的であるということです。

手っ取り早く手にすることの出来るところからはじめた追跡は、
数々のドラマを巻き込みながら、どんどん先へと進みます。
その過程で、さまざまなトピックに触れ、
単なる科学史を越え、書誌学書といっても通用するくらいの広がりへ読むものを誘ってくれます。

この本が出版された時の印刷の仕方や植字工の工夫の様から、
各地の図書館のお話も含め、いろいろな人物も登場します。
歴史の中で、ある本がどこをどう経巡って、バチカンに落ち着いたのか、
というお話もあるし、
思いがけないハプニングで歴史の扉が開かれる様も見られます。

国によって多少違う書き方のラテン語で記された数々の書き込みを追いかけて、
こんなにも歴史の中の風景が広がっていく!
お目当ての人物の書き込みのないのが、図らずもその人の心情を現している!
本当か?と突っ込みを入れる余裕もなく、先へと読み進んでいましたね(笑)

書物というものが、読む人を遠くへ運んでくれる。
心底、実感しました。

けっして軽くはないけれど、しかし、この面白さ、
本の歴史好きには、是非に紹介したいものです。

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2005年07月15日

強いだけじゃ勝てない [ 読了本 ]

強いだけじゃ勝てない
松瀬学著
2005 光文社

関東学院大学ラグビー部の春口廣監督を紹介した本です。
関東学院大学ラグビーについての本は、前々から読みたいと思っておりましたが、
ようやく夢が叶いました。
私は、仙波が3年生の時から大学ラグビーを見続けています。
折々に、慶應や早稲田についての本は、これまで出てきているものの、
なぜか、関東学院の本が出ない。
この10年余見て来て、
着実に力をつけ、上がって来、その強さが安定しているのは、
関東学院しかないのに、なぜだろう?
これだけの偉業は、奇蹟に近いと思います。
この本で、私の寡聞ではなく、
著者も早稲田の清宮監督も同意見と知り、膝を叩きました。

何もないと言っていいところから、今の関東学院大学を作り上げてきた、
私より三つ年上の春口さんの道のりが、
最近の関東学院大学ファンにも、大学ラグビーファンにも、読みやすいよう、
工夫された構成で書かれており、
去年からのファンをはじめ、どなたにでも読みやすいと思います。

監督としての春口さんの資質と足取りとにポイントを置いてあり、
監督業の奥深さというか、懐の深さまで紹介され、読み応えしました。
読み終え、
春口さんの背後や周りにいる人たちの層の厚さに拠るところ、大である事も、
知り得、納得しました。
亡き大西さんや北島さん、岡さんら、恩師の綿井さんらの薫陶を、
自発的に取り込んだ辺り、唸ってしまう。
監督として資質に恵まれながら、精進しつづけてきた春口さん、凄い!
引き続き、お体に気をつけながら、
ラグビーの奥深さ、スポーツドラマの計り知れなさを見せていただきたいと思います。

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2005年07月03日

エデンの東 [ 読了本 ]

エデンの東
ジョン・スタインベック著
土屋政雄訳
2005 早川書房

19世紀から20世紀にかけて、アメリカ西海岸近くの、
サリーナス盆地で暮らす二つの家族を描いたこの作品は、
いかにも、著者が自ら持てるものを注ぎ込んでまとめ上げたといった感じの小説です。
一方の家族ハミルトン家の末裔であるジョン・アネスト・スタインベックによる、
一人称の語りの中に、著者が見てきたこと、知った事、考えた事が、
ふんだんに織り込まれ、この小説に膨らみをもたせています。

その語り口が、この小説の一番の魅力で、
平易な言葉遣いではあっても、平板な表現に陥らず、
一つ一つのディティールに込められた思いがよく感じられる柔らかさを持ち、
読む者を、引っ張りもせず、退屈もさせないリズムで運んでいきます。
自然の描写、人の描写、時代の描写、それぞれに書かれていない奥行きをうかがわせる。

そうして、語られているテーマは、人間の様々な生き方で、
人間の原罪、人の資質、人と人との交わり方などについて、
語って止む所がないようであります。
全体を通して、トラスク家のアダムが一応の主人公と言えますが、
彼よりも周辺の人物の描写に、力が入っているように見受けられました。
とりわけ、サミュエル・ハミルトンとキャシー(ケイト)とキャル、この三人がそうです。
小説中の群像とテーマとを立ち回らせる要として、リーという中国人を配していますが、
余りにもよく働き、結果として印象深くなってしまっている(笑)
さまで事細かく考えなくとも、数多い登場人物のささやかな描写に、
人間たちに向けた、著者のいとおしい思いを感じ取ることが出来ます。
それを言えば、キャシーの描き方も、そんなに冷たく突き放したものでもありません。

旧約聖書のカインとアベルの物語を下敷きにした展開で、
小説の半ばと終わりとに、著者の主張が窺えます。

小説を書いた時の著者の年代と読者としての自分の年代とを、
十二分に意識していた所為か、
読みながら、自分の生きていた時代、土地、周りの人たちなどを、
いろいろ想起させられました。
そして、自分とその周りを取り囲むものの物語が立ち上がりかける。
さすがに、カインとアベルの物語は下敷きになりえませんが…(笑)

こういう小説は、
子どもの頃、父が晩酌をしながら語ってくれた世の中の話に通じる所があり、
ちょっと、なつかしくも、落ち着くものがあります。
ああいう人、こういう人がいる。
あんな事、こんな事があった。
あそこは、どんな風だった、どこそこは、こんな風だった。
人が人に語りながら、そこにさまざまなものが込められる。

私たち現代人は、そういうものから次第に疎遠になっているし、
語られるものが、だんだんに影を薄めてきている、
とわが身を省みて痛感させられました。

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2005年06月19日

パリは燃えているか? [ 読了本 ]

パリは燃えているか?
ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエール
2005 早川書房

しばらく前に、戦場のピアニストという映画を見ました。
そこでは、ワルシャワでの蜂起が起こり、
街が跡形も無い程に瓦解してしまいます。
しかし、何百年も、いや、何千年も前の遺跡のあるパリでは、
そうはならなかった。
これは、ヒトラーの成せる業?
否、まったく違います。
公開されたヒトラーの秘密文書で、彼ははっきりと、
パリを廃墟に!と命じていました。
だから、「パリは燃えているか?」なのです。

1944年8月半ば、一人の連合軍兵が秘密文書を持って敵中に落下します。
連合軍の作戦上、補給の問題が大きいので、
パリを迂回して、ドイツへ向かう。
決して、パリ市中で蜂起するようなことがあってはならない。
その少し前に、ヒトラーから直に大パリ司令官を任じられたコルティッツが、
パリへ赴任してくる。
パリ市中では、巻き返して戻ってきた連合軍を睨みながら、
フランスでの主導権を握ろうと共産党員が蜂起を企みます。
遠く離れたド・ゴールは、万難を排し、自らの危険を顧みず、祖国へ向かう。
パリ市民は、ぞれぞれの暮らしの、人生の中を、
ある者は生き抜こうとし、ある者は流されていきます。

それから、パリが開放されるまでの10日間が、ここに描かれています。
誰がどこでどちらを向いて、何を思い、どう行動したのか、
というところまで迫った数え切れないインタビューに基づき、
きわめて平明ながら、見事にピントの決まった描写が成されている。
これは、映画じゃ到底太刀打ちできない、と思えるほどに、
読むだけで映画を見ているような錯覚を覚えるほどの描写でもあります。

読みながら、何度も知らず、涙が落ちそうになるほどに、
印象深いというか、インパクトの強い挿話が次々と眼前に迫りました。
想像力が及ばない真実のみならず、よく配慮された文章の巧さによるものでしょう。
読み終えてそう思うほどに、読んでいる最中は、
ただただ一つ一つのセンテンスに引っ張られるだけでした。
読む進むほどに、読み終えて、はっきりと、これは数少ない不朽の作品だ、と
確信できました。

人間の様々な面が、登場人物を通して描かれていて、
ただの平板な感動作品ではありません
人々の思いの中に、伝統の、歴史の息づかいが、はっきりと読み取れ、
静かに過去を思い起こすことの少なくなった現代人の浅はかな人間性を図らずも照り返している。
読み終えた今、歴史の流れの中にいる自分に、気づき、
ちょっと、唖然とするような、自分のうかつさにいまさら気づかされたような、
気まずい思いもしました。
この作品は、読む人が読めば、必ず、その人を大きく成長させるものでしょう。
自分は果たして、いつごろ読めばよかったのか?(笑)
もう、遅いかな?(爆)

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