2005年12月22日

Tokyo Market Place [ et cetera ]

ジェイコムの誤発注問題でいろいろ論議を呼んでいる。
私も、ネットで株売買をする際に、誤入力したらどうなるのかなと
思っていたところ、この事件がタイムリーに起きた。

東証はつい先日のシステムダウン事件に続き今回の事件であるから東証は
あと一回システム障害を起こしたら終わりだろう。
スリーストライクノックアウトの原理だ。
東証とか大証というのは、せりの市場を提供している一会社に過ぎないから
東証が潰れても別に不思議はないが、そうなったとき、どうなるのかはわからない。

しかしこういった事件でも上っ面の上っ面しか報道されないし、しかるべき技術の分かる人間が
新聞、TV、マスコミで一切コメントしないのはなぜだろう。
ド素人があーだこーだ言っても事実は何も見えてこない。
私の記憶では、東証のシステムはもともとTandemNonStopという超並列コンピューターを大規模に導入していた。
それを最近、Tandemから富士通のシステムに乗り換えたのではなかったかと思う。
#これはタンデム(現HP)が日本市場から撤退するからだろう。

システムの初期不良といってしまえばそれまでだろうが、最高度の信頼性が要求される
システムであるからミスが許されない。が、ミスの存在しないシステムはこれまたあり得ないから
コンピューターはやっかいだ。もし、コンピュータープログラムの完全性が機械的に
チェックできるのであれば、プログラムミスなどあり得ないのだが、このような完全性をチェックするプログラムは数学的に、つまり原理的に不可能であることが証明されている。

ネットで見ると、いわゆる事故の原因予測のようなものはいろいろな人間がしている。
曰く、「空白の10年にシステム投資が大幅に削られた結果、人材不足が起こり
大規模システムを開発した経験のある人間がいなくなっているのが一番の原因だ。」とかだ。
#この指摘は、若干インサイダーぽい指摘であるが、当たらず遠からずといったところだろう。

中では、大前研一さんのコメントがやはり的を射ていると思われる。
以下に引用しておく。
#ちなみに大前研一さんのメルマガは以下から無料で登録できる。
http://www.lt-empower.com/mag2/index.html

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●日本の証券取引システムは抜本的改革が必要

株価が上昇した背景には、個人トレーダーの増加が大きな要因
を占めていますが、その個人の売買が急増したため、証券取引
所はシステムの増強で対応をしようとしました。しかし皮肉な
ことに、そのシステムの変更が元で、システム障害を引き起こ
してしまいました。

これほど個人急激にトレーダーが増加するとは、証券取引所の
ほうも予想できなかったのです。機関投資家と違って、個人投
資家というのは一株ずつの売り買いをしますし、取り消しの要
請も多く、その処理はかなり膨大です。

それに加え、日本の証券取引所のシステムというのは朝9時、そ
して後場の寄り付きでも、出会いを演出するための細かい日本
式のルールがある。

ですから日本の証券取引所のシステムというのは、世界標準の
システムを使うことができず、日本のメーカーがつくったシス
テムしか使えないという信仰のようなものがあります。

つまり日本の証券取引システムの最大の問題というのは、日本
のシステムをつくっている会社が独占状態になっているという
点です。今回トラブルを起こした東証のシステム開発を担当し
たのは富士通ですが、そのほかで証券取引所のシステムを開発
しているのは日立だけです。

世界的にはそういったシステムというのは非常に競争が激しい。
例えば新生銀行はインドの企業を使ってサーバーによる銀行シ
ステムを非常に安く、軽く仕上げています。

こういったものはスケーラブルと言って、処理の量が増えていっ
てもそれに対応できるという特徴があります。もちろんいいと
ころばかりではありませんが、少なくともヨーロッパやシンガ
ポール、香港などはそういう新しいシステムに変わっている。

特に一つのシステムでもってデリバティブなどといったものま
で全部取り扱えるものになってくると、海外でそういうものを
つくった経験がない富士通や日立では難しいのではないかと思
います。

しかし彼らはこの10年間に世界で起こった大変革も知らずに、
日本のシステムのスケールを、ただそのまま大きくした。そう
いうことを何百億とかけてやって、立ち上がった途端に倒れて
しまうということを繰り返しているわけです。

東証は今、自身の株式上場をひかえていますが、もしシステム
に本当に問題があるのならば、上場どころではなく、東証その
ものを廃止するということも考えられます。そして悲しいかな、
日本の証券取引は全部ロンドンにお願いします、ということに
もなりかねない。

今、日本の株式市場は新しい局面を迎えています。株に流れる
お金が金融業界に与える影響は今後無視できなくなるでしょう。
そしてそれに伴って膨れ上がる株式売買を処理する証券取引所
のシステムも、これ以上深刻なトラブルが起こる前に抜本的な
対策を打つ必要があるのではないでしょうか。

その際に日本のシステムメーカーが採用されるのか。独占市場
にて世界の動きと無縁でぬくぬくしてきたメーカーにとって、
今回のシステムトラブルは警鐘となるはずです。

以上
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今回の誤発注の利益を返上すべしとかいった意見もあるが、それもほんとに必要なことなのか。
20才台のデイトレーダーが一瞬の内に何十億も儲けたとかいって、けしからんとか騒いでいるのも
嫉妬が見え見えでいやしいものである。
株式市場では、一瞬の内に百億円の損をすることも日常茶飯のはずだがそういったことは報道もされないだけだ。

だが、ここで気をつけなければいけないのは、こういった社会的に騒がれる
事件に対して政府が”民間不祥事”を逆手にとって介入の口実にし、焼け太りしていくことである。
事故は必ず起こるものだし、大規模プログラムの完全性はおそらく永遠に保証されないが
改善は可能である。つまり民間が改善すべき課題に過ぎないし、その損害は民間で負うしかない
ものだが、事故=悪という発想で、無用な規制をかけていけば事態は悪化する一方だ。

そもそも、マンションの強度偽装建築の事件でも諸悪の根源が政府規制にあることは自明だ。
ここら辺も私は大前さんの意見に同じだ。
つまり、日本の過大な建築規制があまりに不条理なものであるために、見えない部分で
コストダウンをしようとするインセンティブになっている。
逆に言えば、過大な規制=過大な税金がなければその分のコストを建造物の強度や安全性のさらなる向上に回すことが可能なのである。
耐震強度うんぬんの基準だって怪しいものだ。
一言で地震といってもさまざまな種類の波動であって、その揺れ方も一様ではない。
また震度そのものも、物理的な強さを意味しているわけでもない。一体、何を客観的な基準として話しているのか?
さらに地震に対する耐性を問題にするなら地盤そのものの強度も問題となる。
要するにマスコミは自分では何も分からないことを、あーだこーだといって無責任な騒ぎ方をし、喉もと過ぎれば全てを忘れる。
政府はマスコミが勝手に騒いでいるのを世論だということにする。
そして大方の知らないうちに政府規制はさらに強化されていく。これの繰り返しである。


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2005年12月22日

Nation state [ Libertarianism ]

http://www.mises.org/nsande.asp

"If we wish to gain insight into the essence of nationality, we must proceed not from the nation but from the individual. We must ask ourselves what the national aspect of the individual person is and what determines his belonging to a particular nation. We then recognize immediately that this national aspect can be neither where he lives nor his attachment to a state."


ミーゼスの「Nation,State,and Economy」の全文が上のリンクから読める。

Nation とかstate ,nation stateといった言葉は微妙な意味をもつ、重要かつ難しい言葉である。
ここらの言葉を適当には使わないのがリバタリアンである。

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2005年12月22日

New speaks [ et cetera ]

ユンチアンの「マオ」を読んで今までの毛沢東像が完全に崩れたとかいった感想を言っている人間が日本でもアメリカでも多いようだが、これもまた驚きだ。
毛沢東がスターリン以上に凶悪であったこと、毛の伝記や伝説がプロパガンダに過ぎず毛沢東が金日成と同じようなソ連共産党によって作られた偶像だったことも、文革という名の凄惨な粛清も毛沢東自身がやったことも全部常識だ。ポールジョンソンの本「現代史」を読めば、そこらのことは書いてある。

ユンチアンのマオを読んでも、毛沢東がその残虐性と権力への貪欲さという”資質”によってソ連共産党に見込まれ選ばれたある種のエリートだったことが分かる。毛沢東は権力追求の手段としてソ連共産党を利用しただけで、互恵的な関係があったことは間違いない。
だがよく分からないのは、毛沢東にしても金日成にしても独立し自立した独裁者のように振舞っていたが、そこにロシア共産党のコントロールがどれほどあったのかという点だ。単なるPuppetだったとは思えない。金日成にしても毛沢東にしても、途中からソ連のコントロールが全くできなくなったのだろうか?しかし当時、ソ連共産党の誰がこのような巧妙で冷血な手段を選ばない世界革命のシナリオを描いていたのか?その黒幕が全く見えない。
共産主義というのは物理的に凄惨な暴力と破壊を目的としていたが、それは物理的な破壊に留まらず”意味”の破壊をも目指していたのが特徴的だ。これはオーウェルの言葉でNew speakというが、「きれいはきたない。WAR IS PEACE 、FREEDOM IS SLAVERY 、IGNORANCE IS STRENGTH」といった言葉は
言語の意味そのものを破壊し人間の理性を狂わす。70年代くらいまでは朝日新聞の左翼記者どもには
中国や北朝鮮はこの世の天国だったわけだが、まさに天国とは地獄なりでnew speaksそのものだ。




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2005年12月18日

WILLCOM W-ZERO3 [ Computer ]

待望のスマートフォンとよべるPHS端末=W−ZERO3が日本でもようやく発売された。
http://www.sharp.co.jp/ws/special/index.html

が、買いに行ったらどの店も売り切れで来年まで入荷待ちの状態だ。
実物を触ったがなかなかよかった。CLIEのTH55よりも若干厚みがあるが軽量だ。
CPUが速いので応答も軽快だ。
WinCEのPDAは日本市場から撤退したところが多く、東芝とか2−3社から出ているだけだが、どれも8万円前後と非常に高い。これではノートパソコンが買える値段であるから、物好きしか買わない。

だが、このW−ZERO3は39800円とお手ごろ価格でありながら性能的には東芝の7−8万円のPDAよりずっと上のようだ。
PDAにPHSの常時接続機能を付けて”電話として”売れば確実に売れるだろうことは分かっていたはず
だが、どの会社も手を出さなかったのは、キャリアと組むのが難しかったのかもしれない。
PHSは、今後、1−2年で数Mビットの速度になるだろうからシェアも伸びていくだろう。

#PHSのインターネット定額使い放題というサービスは今のDocomoなどの
ケータイ陣営にはできない。つまりG3規格ではこういうサービスはできないが
PHSの規格だと可能なのである。これはG3規格がグローバルスタンダード
であり、PHSがマイナー規格であるため。
Zero3のようなスマートフォンモデルを成功させれば、PHS陣営はG3に対し顕著な優位性を築けるはずだ。


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2005年12月14日

Mao: The Unknown Story [ Libertarianism ]

http://www.lewrockwell.com/blumert/blumert107.html
Mao: The Unknown Story by Jung Chang and Jon Halliday, Knopf 2005.
Reviewed by June Morrall and Burton S Blumert

Like a bolt of lightening, Alexander Solzhenitsyn’s masterpiece Gulag Archipelago, published in 1974, destroyed in an instant, over 50 years of lies and deceit about the Soviet Union and its leaders. Stalin would never again be seen as kindly Uncle Joe, but as a ruthless killer of millions.

Some scholars suggest that it was Solzhenitsyn’s revelations that led to the collapse of the Soviet Union rather than Ronald Reagan’s strategy of “spending the ‘evil empire’ into oblivion.”

Like the “Gulag,” we finally have this extraordinary work by Jung Chang and husband Jon Halliday that will forever end the web of lies that has insulated Chairman Mao from his true place in history as the worst murderer the world has known.

Mao: The Unknown Story is a step-by-step guide to how this evil man used terror as a tool to subjugate every Chinese citizen. Fear of a horrible, slow death, torture and humiliation silenced every voice. Only what the Chairman said or thought mattered.

You must read this book.

It wasn’t fashionable to criticize Mao in the West, particularly in the US. In San Francisco’s Chinatown, only the local Kuomintang, Chiang Kai-shek’s Nationalist Party, attacked Mao and they were marginalized as “reactionaries.”

During the hippie era of the 1960s, in many households, Mao’s Little Red Book was a popular Christmas Stocking stuffer. Mao was thought of as a modern Confucius, a gentle peasant who had freed China from its corrupt warlords.

Was it the media that promoted this false image about the worst tyrant who ever lived? It’s time to know the real Mao.

You must read this book.

Clearly the authors despise Mao, so it was essential that they support their 650-page treatise with an additional 200 pages of meticulously researched notes. Not just scholarly citations, but countless interviews with people who worked for, or otherwise knew Mao personally, and survived the violence of his regime. The notes also include many official documents that have not been seen in the West before.

Mao wanted to impress Stalin and modeled his state after that killer-thug. He then proceeded to “one-up” his Soviet teacher. Stalin would wait for the right moment to use violence and treachery against his enemies. Mao was brazen and did not need a timetable. He used torture and murder on a daily basis to control fellow communists.

Chairman Mao made it known that his tactics were never on holiday. Often his punishment was meted out in front of huge crowds. This was certain to spread the news quickly. “Watch out! Everyone is a potential spy. And you could be next.”

The masses were easy to control. He simply starved them to death.

In the end, Mao had either killed or imprisoned, or sent to work camps so many of his former officials that he had run out of credible bureaucrats to run the day-to-day business of government.

He had no choice but to “rehabilitate” some that he had purged earlier, like the “Capitalist Roader,” Deng Xiao-ping. These men hated Mao, and the Chairman made a critical error in underestimating how they would undermine him as his health began to fail.

Most interesting was the revelation that the Nationalist leader Chiang Kai-shek (who later fled to Taiwan) was thwarted in his earlier negotiations with Mao because the Soviets were holding Chiang’s son "hostage." By appeasing Stalin and Mao, Chiang hoped he would get his son back.

During his reign of terror, Mao forced the peasants to grow huge amounts of wheat and eggs and other foodstuffs to give to Stalin in return for technical information on how to build The Bomb. Mao starved his already poverty-stricken people and conducted public executions if quotas were not met. Business as usual for Chairman Mao.

Mao turned the country into one big concentration camp and he was the gatekeeper, allowing in selected outsiders, controlling what they saw so that when they returned home they would glorify what the Chairman had accomplished for his people.

Mao had little difficulty locating western media whores who would promote the lies about Mao and life in Red China and spread them like a deadly virus. There should be a special place in Hell for these people.

If there is a deficiency in this book, Mao: the Unknown Story, it is that after hundreds of pages outlining Mao’s unspeakable cruelty, the reader becomes numb and desensitized. The fault is not the author’s, but with the endless crush of evidence present.

As an antidote to becoming desensitized, keep in mind that this is not about a madman like Pol Pot. Mao may, in fact, match the crazed Cambodian in savagery. But, there’s a major difference; Today, Pol Pot, often considered a protégé of Mao’s, is a statistic in the World List of Lunatics, while Mao retains his place as a great figure in world history. This remains true 20 years after the Chairman’s death. Well, until this Chang and Halliday masterpiece.

You must read this book.

Here are some tidbits from Mao: The Unknown Story:

A conservative estimate is that 70 million perished – in peacetime – as a result of Mao’s misrule.

During the famous, “Long March,” rather than trudging along with the troops, Mao reclined in an elaborate “litter” weighted down with his favorite books and other comforts, all carried by peasants forced to perform like pack animals.

Mao spent about US$4.1 billion to create a Chinese atomic bomb. That money if spent on food would have saved the 38 million Chinese lives lost in the famine.

In a recent TV ad promoting the 2008 Summer Olympic Games to be held in Beijing, China, the camera focussed on what appears to be Tiananmen Square. In the center of the screen, lo and behold, is a giant portrait of the despicable Chairman Mao.

Why do nations continue to show reverence for their tyrants?

Yes an economic miracle is taking place in today’s China. The by-product of such an explosion is always freedom. China is a long way from being a totally free society, but, if this book, Mao: The Unknown Story, leads to the Mao portraits finally being torn down, that will be a giant symbolic stride towards individual freedom in China.

And maybe in other countries as well.

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Lewrockwellでのユンチャンの本の書評
You must read this book.

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2005年12月11日

Lao-Tzu and Chuang-Tzu [ Libertarianism ]

http://www.mises.org/story/1967
The Ancient Chinese Libertarian Tradition
by Murray N. Rothbard

The first libertarian intellectual was Lao-tzu, the founder of Taoism. Little is known about his life, but apparently he was a personal acquaintance of Confucius in the late sixth century BC and like the latter came from the state of Sung and was descended from the lower aristocracy of the Yin dynasty.
Unlike the notable apologist for the rule of philosopher-bureaucrats, however, Lao-tzu developed a radical libertarian creed. For Lao-tzu the individual and his happiness was the key unit and goal of society. If social institutions hampered the individual's flowering and his happiness, then those institutions should be reduced or abolished altogether. To the individualist Lao-tzu, government, with its "laws and regulations more numerous than the hairs of an ox," was a vicious oppressor of the individual, and "more to be feared than fierce tigers."

Government, in sum, must be limited to the smallest possible minimum; "inaction" was the proper function of government, since only inaction can permit the individual to flourish and achieve happiness. Any intervention by government, Lao-tzu declared, would be counterproductive, and would lead to confusion and turmoil. After referring to the common experience of mankind with government, Lao-tzu came to this incisive conclusion: "The more artificial taboos and restrictions there are in the world, the more the people are impoverished…. The more that laws and regulations are given prominence, the more thieves and robbers there will be."

The wisest course, then, is to keep the government simple and for it to take no action, for then the world "stabilizes itself." As Lao-tzu put it, "Therefore the Sage says: I take no action yet the people transform themselves, I favor quiescence and the people right themselves, I take no action and the people enrich themselves…."

Lao-tzu arrived at his challenging and radical new insights in a world dominated by the power of Oriental despotism. What strategy to pursue for social change? It surely was unthinkable for Lao-tzu, with no available historical or contemporary example of libertarian social change, to set forth any optimistic strategy, let alone contemplate forming a mass movement to overthrow the State. And so Lao-tzu took the only strategic way out that seemed open to him, counseling the familiar Taoist path of withdrawal from society and the world, of retreat and inner contemplation.

I submit that while contemporary Taoists advocate retreat from the world as a matter of religious or ideological principle, it is very possible that Lao-tzu called for retreat not as a principle, but as the only strategy that in his despair seemed open to him. If it was hopeless to try to disentangle society from the oppressive coils of the State, then he perhaps assumed that the proper course was to counsel withdrawal from society and the world as the only way to escape State tyranny.

That retreat from the State was a dominant Taoist objective may be seen in the views of the great Taoist Chuang-tzu (369 BC - 286 BC) who, two centuries after Lao-tzu, pushed the master's ideas of laissez faire to their logical conclusion: individualist anarchism.


Chuang-tzu reiterated and embellished Lao-tzu's devotion to laissez faire and opposition to state rule: "There has been such a thing as letting mankind alone; there has never been such a thing as governing mankind [with success]." In fact, the world simply "does not need governing; in fact it should not be governed." Chuang-tzu was also the first to work out the idea of "spontaneous order," developed particularly by Proudhon in the nineteenth and by F. A. Hayek of the Austrian School in the twentieth Century: "Good order results spontaneously when things are let alone."

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ロスバードによる、老子と荘子の評価である。

話はずれるが、昨日、ユン チアンの「マオ」の上巻を少し読んだ。(→奇しくもBlogをみると池田先生が全部読まれていた。
この本はユンチアンの”ワイルドスワン”以来の2作目となる大作だ。)
毛沢東がスターリン以上の凶悪な虐殺者であった(7000万人以上を平時に虐殺した)ことは、つとに指摘されていた事実であるが
中国は未だに毛沢東を否定もしてなければ、天安門広場に巨大なマオの肖像も掲げているよう
だから、本質的に何も変わっていない。

毛沢東の伝記や神話は、作り話にすぎないが日本でも広く読まれている。
「中国の赤い星」とかいったエドガースノーのドキュメントの名を借りたプロパガンダ本などは私も大昔に読んだことがある。
しかしマオに関するこれだけの詳細な”事実”を記した本は未だかつてなかった。

冒頭の「日本語版によせて」によると、次のようにある。

「毛沢東は、後ろ盾であるスターリンが中国に干渉して日本とソ連で中国を分割する、という
状況を作り出そうと画策しました。この思惑は実現しませんでしたが、日本による侵略が毛沢東
の政権奪取を助けたのは確かです。1923年の時点で毛沢東はすでに、中国において共産主義を実現
させるには、ソ連の侵攻による以外にないと発言していました。1945年、スターリンはこれを
口実に終戦直前に対日参戦し、中国北部を広範囲にわたって占領しました。
ソ連が中国に軍隊を駐留させ、武器や軍事訓練を提供したからこそ、毛沢東は中国を征服することができたのです。」


中国はいわゆるNation Stateという意味での統一国家であったことは毛沢東の共産党による中国征服まではなかった。
共産主義や社会主義とは、社会のNation State化を目指しているものとも言える。
つまり共産主義は本当の目的や理念ではなく、Nation Stateを実現する政治的手段であったと考えた方が分かりやすいかもしれない。
文化大革命やチベット侵攻から今に続くエスニッククレンジングは、権力の暴走ではなく
Nation stateの強化にとって不可欠なことだったのだろう。これによって独裁権力は強化される。
#Nation stateとは主権国家とも言い換えられる。しかし<帝国>とは違う。共産主義革命とは、ドラッカーの言葉を借りれば主権国家による権力の完全掌握という壮大な試みである。
 帝国とは単純に皇帝の統治する国だが、皇帝とは王の中の王だから王政と変わらないだろう。ヒエラルキーによる分権的統治形態の大規模なものである。
いかに巨大な帝国の皇帝であっても、主権=sovereing rightsなどもたない(→ラストエンペラーを見るとわかる)
共産主義、社会主義とはヒエラルキーの完全否定つまり平等主義によって、主権=sovereign rightsが全体にあるとする究極の民主主義である。→ここで民主主義とはデモクラシー=民主政体ではなく、主権在民のイデオロギーを意味する。
であるからして、中国の共産主義化を易姓革命にすぎないと考えるのも間違っている。中国は共産主義革命で帝国から主権国家に根本的に変わった。

これは恐らくソ連でも同様で、封建的王政は自然発生的でかつ中央集権というよりは分権的なものだが、
Nation Stateは完全な権力一極集中を特徴とするもので、権力一極集中が崩れればNation stateという
人工的な体制も崩壊する。
そしてマオやスターリン、レーニンのような独裁者にとっては、Nation stateすらも目的ではなく
絶対権力を得るための手段にすぎない。
共産主義化とはすなわち主権国家による権力の完全掌握であるという本質を最も明敏に捉えた悪魔的人間が、これら独裁者だったのだろう。悪は悪になじむのである。
むしろ理想や理念をまじめに信じているような人間は、こういった凶悪なゴロツキの屑どもによって
虫けらのように粛清されてしまうわけである。
#しかし毛沢東の人間とは思えない拷問、虐殺の手口は読むだけでも吐き気がする。

しかし中国の民間信仰のメインは老子のタオイズムであるように、むしろレッセーフェールの市場主義が
中国大陸の根っこにあるのかもしれない。それは中央権力を拒否するもので、中国の統一が困難な
遠因の一つかもしれない。
当然、最近の中国のNation stateを基盤とする市場主義は極めて不安定なものだ。
全体主義による自由主義など矛盾にすぎない。
今後も中国の凶悪な支配層が共産主義というNation stateを支える手段を捨て去るとは思えない。
この本は中国でも発売されるのだろうか?

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2005年12月05日

Kneel [ et cetera ]

数学者の藤原正彦氏のエッセイ「国家の品格」を読んだ。
ロックやホッブスまでが出てくるのだが、グローバリズム批判から株主主権批判から
ほとんど問題を理解していない感じだ。良い指摘もあるが、理解の軸がないため
結論が散乱している。まじめに批判するべき本でもないが気軽によめるエッセイではある。

日本の生んだ大数学者岡潔氏への崇拝と傾倒から、こういった情緒や美や武士道といった日本主義?が出てきているのだろうがあまり感心はしない。
数学や音楽のようなことに打ち込む人間は多かれ少なかれモーツアルトへの理解
ゆえに深い嫉妬と絶望におちいるサリエリのようになるのだとしたら悲しいものがある。
とはいっても賛成するところもないわけではなかった。むしろ沢山あった。
論理主義といっても単純な2−3段階の論理にすぎないものの批判とか、論理の前提が結論を変える点
であるとか、論理に先立つ前提や精神の問題、はたまた跪く心といった問題などである。

確かに今の日本は精神性が極めて弱くなっている。精神性という言葉自体が死語になって
いるような気がする。
だが、自由市場主義と精神性は全く矛盾するものではない。通俗的な誤解でここらを論じてはいけない。

Kingdom of heavenを見て、そのクライマックスで主人公が
Kneel!(跪け)と市民に呼びかけるシーンはやはり印象的であった。
この跪く姿勢というのは、人間のあらゆる驕りを捨てるという象徴的なしぐさであるが
そういった精神性はいかなる学問をするうえでも必要だろう。
だが、そういった精神性を持って学問をしている人間はあまりに少ないと思われる。
学問とは跪く精神なくしては本来成り立たないものではないのか。
日本の文化において、宗教とは別に武士道の中にその跪く精神があったという指摘は事実だろうと私は思う。
天才を生む文化というものがあるとして、それは人口の多さでもなくある時代の地域に
集中しているらしいが、文化が美とか真理といったものを志向しその淵に位置付いて
いることが、重要なのかもしれない。そういった緊張感の中から偉大な創作、学問や発見が
生まれてくるということか。
文化そのものではなく、美や真理といったものへの志向が重要なのだ。

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2005年11月27日

Bonanza [ Computer ]

http://www.geocities.jp/bonanza_shogi/

Bonanzaはフリーの将棋プログラムであるが、かなり強い。
これをCELLに最適化したら面白いのではないか?

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2005年11月27日

Visual Technology Premier Site [ Computer ]

http://hpc.v-t.jp/premier/index.php?mode=comment&TID;=1113992700#c2

伝説のCPUアーキテクト 嶋正利氏のBLOG
分かる人には大変面白いサイト。

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2005年11月27日

Module [ Law ]

 昨今の日本の法改定の動きは、前にも少し書いたが、ある種のデジュールスタンダード戦略であるといえる。
会社法の大改正も、個人情報保護法も、不正競争防止法も全て内部統制を企業に義務づける強行規定と化している。
健康増進法なんていう超危険な法律も既に施行され、街の風景も急激に変わってしまった。

法律が全てこういう内部統制強化の方向に向かっており、実効性を担保するためにもどれもご丁寧にもかなり重い刑罰つきの改正となっているのである。
これが国家主義の強化の方向であるのは言うまでもない。
これを断じて右傾化とか保守化とはいわない。
そうではなく国家社会主義体制の強化と正確に呼ぶ必要がある。
ナチスも旧ソ連も国家社会主義は法律が形作っていたのである。
人々の意識の問題など関係ない。これらの全体主義体制では法律が人を合法的に虐殺していたのだ。

法律の改正に先立って、行政が有識者なる民間のでしゃばりな俗物のバカ連中を集めて行う研究会、審議会がある。
これらの議事録は公開されているからそれを読むと何を考えているのか大体わかる。不正競争防止法の改正過程そのものにおいても、企業のレントシーキング、利権追求の場と成り下がってしまっているのが議事録から分かる。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/index.html

不正競争防止法の改正内容も酷いものだ。田村善之なる北大の教師で中山信弘東大教授の後釜と目されている若造の書いた「知的財産法」によると、不正競争防止法はインセンティブ支援型立法だそうだが、インセンティブなどという言葉を安易に用いるべきではない。
不正競争防止法は元々が不法行為法に差止請求権を加えただけの民法特別法であるが、ここ数年で産業政策的な強行規定となってしまった。
不法行為法を正常に使えば、LiablityRuleによることになるが、これを産業政策的な強行規定にすることで換骨堕胎された感じである。

こういう審議会の議事録などを見ると、日本の立法過程がいかに無責任で考えの足りないものであるかがよくわかる。国会議員の多くは六法がどの法律で構成されているかも知らないようなバカ代表であるため、行政が音頭をとって、民間有識者なるバカ連中を組織し、それらと爺さんの大臣と、東大法学部あたりの法学者を交えて法律の土台を作るわけだが行政側の事務局が人選権を握ることで、行政の思惑通りに立法をしていくわけだ。
要するに小中学生的にみんなの意見を持ち寄って作りましたよという体裁を作っているだけである。

これらを見ると、経済産業省のストラテジーなるものが見えてくる気がする。
誰も話題にもしないが、経済産業省は新産業戦略なるものを1年前に発表している。
これらには安藤晴彦さんとかが旗振りをしているモデュール化戦略なるものも書かれている。
予想するに、これらの法改正が全て産業政策的な強行規定の色彩を強めている背景には、この誰も読まない経済産業省の新産業戦略が反映されているだろう。
恐らくISOのようなデジュールスタンダードに基づく内部統制によって、日本の生産性の低いホワイトカラーの業務をモデュール化し、それによって生産性を高めるという意図が一つにあるだろう。

これらの法改正がなぜ致命的にダメなのかといえば、先にあげたドラッカーの言葉を借りれば、「つまるところ企業や病院はもとより軍を含むあらゆる組織が、まさに自主性を奪われて機能不全に陥る」だろうことにある。
インセンティブを設計することが同時に民間の主体性=initiativeを殺すことになるのである。
法とは自由を保障することだけにその存在価値があり、自由を露骨に制限する法律など法ではないのである。


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2005年11月27日

Management Visionary [ et cetera ]

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/11/11/AR2005111101938.html

Management Visionary Peter Drucker Dies

By Patricia Sullivan
Washington Post Staff Writer
Saturday, November 12, 2005; Page B06

Peter F. Drucker, 95, who was often called the world's most influential business guru and whose thinking transformed corporate management in the latter half of the 20th century, died Nov. 11 at his home in Claremont, Calif. No cause of death was reported, but he was under hospice care. His work influenced Winston Churchill, Bill Gates, Jack Welch and the Japanese business establishment. His more than three dozen books, written over 66 years and translated into 30 languages, also delivered his philosophy to newly promoted managers just out of the office cubicle.

Mr. Drucker pioneered the idea of privatization and the corporation as a social institution. He coined the terms "knowledge workers" and "management by objectives." His seminal study of General Motors in 1945 introduced the concept of decentralization as a principle of organization, in contrast to the practice of command and control in business.

"There is only one valid definition of business purpose: to create a customer," he said 45 years ago. Central to his philosophy was the belief that highly skilled people are an organization's most valuable resource and that a manager's job is to prepare and free people to perform. Good management can bring economic progress and social harmony, he said, adding that "although I believe in the free market, I have serious reservations about capitalism."

It was a typical remark for a man who believed in the empowerment of workers and the futility of big government, which he called "obese, muscle-bound and senile."

The most effective president, he told Forbes magazine 11 months ago, was Harry Truman, because "everybody who worked for him worshiped him because he was absolutely trustworthy." Ronald Reagan took second place: "His great strength was not charisma, as is commonly thought, but his awareness and acceptance of exactly what he could do and what he could not do."

Mr. Drucker's extraordinary professional longevity took him from the rise of Hitler to the excesses of Enron. The Austrian native wrote for a mass business audience, but he studded his books with unusual references -- from Tang-dynasty China to seventh-century Byzantium to his heroine, novelist Jane Austen. In 1981, he said the best-run organization in the United States was the Girl Scouts of America.

Peter Ferdinand Drucker was born Nov. 19, 1909 in Vienna. He worked as a financial reporter in Frankfurt, Germany, while he earned a doctoral degree in public and international law at Frankfurt University. He received his doctorate in 1931. The next year, he published an essay on a leading conservative philosopher that offended the Nazi government; his pamphlet was banned and burned. Mr. Drucker, increasingly worried by the Nazis, moved to London, where he worked for a merchant bank. In 1937, he moved to the United States and began working as a correspondent for several British newspapers.

His first book, "The End of Economic Man: The Origins of Totalitarianism" (1939), was favorably reviewed by Churchill, and it was made required reading for every new British officer.

Mr. Drucker taught part time at Sarah Lawrence College and then full time at Bennington College in Vermont. After publication of his second book, "The Future of Industrial Man" (1943), General Motors Corp. invited him to study GM's corporate structure. The two-year study put him in close contact with GM's legendary patriarch Alfred P. Sloan.

The book that resulted, "The Concept of the Corporation" (1945), introduced the ideas of decentralizing decision-making and managing for the long-term by setting a series of short-term objectives. It was an immediate bestseller, although GM wasn't pleased initially; Mr. Drucker said he was told that a manager found with a copy would be fired.

The ideas in it, however, launched the field of management and essentially created the field of consulting. He became professor of management in the graduate business school at New York University in 1950, and four years later, he published "The Practice of Management," which argued that management was one of the major social innovations of the century and posed three now-classic business questions: What is our business? Who is our customer? What does our customer consider valuable?

In the early 1950s, when other business leaders figured the worldwide market for computers was in the single digits, he predicted that computer technology would thoroughly transform business. In 1961, he alerted his followers to the rise of Japan as an industrial power, and two decades later, he warned of its impending economic stagnation. In 1997, he predicted a backlash to burgeoning executive pay, saying, "In the next economic downturn, there will be an outbreak of bitterness and contempt for the super-corporate chieftains who pay themselves millions."

Mr. Drucker demanded that public and private organizations operate ethically and decried managers who reap bonuses by laying off employees. "This is morally and socially unforgivable, and we will pay a heavy price for it," he said.

He wasn't always right, and academics disdained his popular approach, criticizing him for relying on anecdotes and accusing him of manipulating facts to fit his positions. But evidence of his influence is found in just how ordinary his insights now seem: A company should streamline bureaucracy. Managers should look for more efficient models for organizing work. Results are obtained by exploiting opportunities, not solving problems.

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このワシントンポストの追悼記事は良くかけている。


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2005年11月26日

Bernanke [ et cetera ]

The Ascension of Bernanke Into the Clouds
by Frank Shostak
http://www.mises.org/story/1949

"Following the footsteps of Milton Friedman, Bernanke is also of the view that the Great Depression was caused by the Fed's allowing the money supply to fall sharply. At the Conference to honor Milton Friedman's 90th birthday, Bernanke promised Friedman that the Fed would not make the same mistake again.

Let me end my talk by abusing slightly my status as an official representative of the Federal Reserve. I would like to say to Milton and Anna: Regarding the Great Depression. You're right, we did it. We're very sorry. But thanks to you, we won't do it again.[2]

In short, it seems that the Fed is likely to act aggressively on any sign of emerging price deflation.

Despite the almost unanimous agreement that deflation is bad news for an economy's health, this is not at all the case. Deflation comes in response to previous inflation. This amounts to the disappearance of money that was previously generated out "of thin air." This type of money gives rise to various non-productive activities by diverting real funding from productive real wealth generating activities.

Obviously then, a fall in the money stock on account of the disappearance of money "out of thin air" is great news for all wealth generating activities, since the disappearance of this type of money arrests their bleeding. In short, since a fall in the money stock undermines various nonproductive activities it slows down the decline in the pool of real funding and thereby lays the foundation for an economic revival. Printing more money because prices are falling (on account of a fall in money "out of thin air") only delays the process of rebuilding. "

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2005年11月20日

Delusion of Trust [ Libertarianism ]

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反トラスト法はアメリカの法律家の妄想の産物である。感心したものではない。
そもそも独占は新規参入者に味方し、新規参入者を支援するだけのものである。
しかもあらゆる独占が放っておいても崩壊する。・・・・独占体にとって最善の事態は分割を強要されることだ。
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このドラッカーの発言はミクロ経済学的な常識を述べたものである。
これらは、フリードマンらによって証明済みの常識なのである。
だが、こういった常識は法律家は全く知らないようだ。
反トラスト法=独禁法という産業政策は経済学的にもナンセンスな制度にすぎないのだ。

法律家は経済学の常識を単に知らないのか、頬かむりしているのだろうが、「法と経済学」だなんだとアカデミックぽいことを言う前にこのような経済学上の真理に対して、きちんと反論なり議論をしなければならない。
法律家は、まず法ありきで、なぜ法があるのかを考えることが一切ないようだ。
日本には知的に誠実な法律学者は殆どいないということだろうか。

ところでドラッカーのスタンスはリバタリアン的には日和見ぽく思われているのだろうが、私はドラッカーの自由市場主義とリバタリアニズムがそれほど離れたものだとは当然思わない。
日本はドラッカーのファンが多い国であるし、自由市場主義へのシンパシーといったものはそれなりに浸透していると見て良いだろう。
リバタリアニズムはドラッカーよりはもう少し体系的な理論ー思想的なムーブメントであるが、ドラッカーが理解できればリバタリアニズムの理解もあと一歩なのではないか。

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2005年11月20日

Next century [ et cetera ]

ドラッカーの「ネクストソサエティ」から以下に抜粋しておく。

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反トラスト法はアメリカの法律家の妄想の産物である。感心したものではない。
そもそも独占は新規参入者に味方し、新規参入者を支援するだけのものである。
しかもあらゆる独占が放っておいても崩壊する。・・・・独占体にとって最善の事態は分割を強要されることだ。
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ここでちょっとショッキングな事実を紹介しよう。抗生物質の発明などの医療の進歩は平均寿命にはほとんど寄与していないという事実である。ごくわずかの人達にとっては福音だった。統計的にはほとんど意味がない。
平均寿命に影響を与えたのは労働環境の改善の方である。私が生まれたころは労働人口の95%が肉体労働に従事していた。そのほとんどが危険な仕事であったり、体力を消耗する仕事だった。
ところでフランツカフカという名前を知っておられるか?オーストリアの偉大な作家だ。実は安全ヘルメットを発明したのがカフカだった。彼は第一次大戦前にボヘミアとモラビアで労災保障関係の行政官だった。
私の生家の近くにクイッパーさんという同じように労災保障の権威が住んでいた。医師だったが、カフカを深く尊敬していた。
カフカが咽頭結核で死の床にあったときには、5時起きで2時間かけて自転車で往診していた。カフカの死後、彼が作家だったことに一番驚いたのがこの人だった。
たしか1912年にカフカはアメリカの安全協会からゴールドメダルをもらったはずだ。
彼の安全ヘルメットのおかげで、チェコ地方の製鉄所の年間の労災死亡者がはじめて1000人当り25人を割った。
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私が支持しているのは資本主義ではなく自由市場経済である。うまく機能していないが、他のものよりはましである。
資本主義に対しては重大な疑念を抱いている。経済を最重視し偶像化している。あまりに一元的である。
・・・・人間として生きるということの意味は資本主義の金銭的な計算では表せない。
金銭などという近視眼的な考え方が生活と人生の全局面を支配するようなことがあってはならない。
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もちろん自由市場経済の理論にも問題は多い。市場は一つであると想定してる。
実際には互いに殆ど関わりのない市場が3つ重なり合っている。
グローバル市場であり、国内市場であり、地場市場である。
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我々はすでに政府もまた他のあらゆる道具と同じように、あることには向いているが、あることには不向きだということを知っている。
政府は国防において重要な役割を果たす。またインフラ整備のための財源を確保するうえで重要な役割を果たす。
しかし、金槌で足の爪を切れないように、政府の力ではコミュニティの問題は解決できない。政府は何事も全国一律でないとできない。
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アジアでリーダー的な地位にある国が日本である。だが今日の日本は、本質的にヨーロッパ的な国である。
もっと悪いことには19世紀のヨーロッパの国である。だからいま麻痺状態にある。
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主権国家による権力の完全掌握というスターリンの壮大な試みは、つまるところ企業や病院はもとより軍を含むあらゆる組織が、まさに自主性を奪われて機能不全に陥ったために潰えた。
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国家主権の生みの親とされるフランスの法律家ジャンボダンが国民国家の3本柱としたものが通貨、信用、財政だった。(国家論、1576年)
しかし、それら3本柱が強固だったことは一度もない。
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実は今日諸々の組織によって行われている仕事のほとんどが、つい昨日までは家族の手にゆだねられていた。
家族の教育は家族が行っていた。老人や病人の面倒は家族が見た。家族の仕事は家族が見つけた。もちろん19世紀の手紙や一族の言い伝えからも明らかなように家族の手によってそれらの仕事が充分に行われていたわけではない。
それらの仕事は国やコミュニティから完全に独立した真に自立した組織のみが立派に行うことができる。
したがって、これから始まる新たな1000年、あるいは100年におけるわれわれに課された最大の課題が、それら諸々の組織の自立性を保ちつつ、
今日では戦時以外は失われてしまった社会の一体性をいかにして回復するかである。とはいえ、我々は今のところ願うことしかできない。
我々は、いかにそれをなすべきかを知らない。

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しかしドラッカーの洞察はいつまでも聞いていたいものであった。
ドラッカーは20世紀をその初頭から最後まで最も正確に洞察した巨人であったし、
21世紀もドラッカーの洞察の通りとなるかもしれない。

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2005年11月15日

FreeTrade by WTO [ et cetera ]

日本で一番の問題はやはり自由貿易が充分にないことだろう。
日本は輸出では自由貿易の恩恵にかなり浴しているのだが、輸入に
対しては巨大な関税障壁を政府が作っている。その最大のものが農産物
であり、600%とかの保護関税をかけているのである。
この数字は異常であることは誰の目にも明らかだろう。
いくら100円ショップで雑貨が安く買えるようになっても
米とかはいつまでたっても安くならない。アメリカに因縁つけて
牛肉の輸入も停止し、牛丼すらも食べられなくなってしまっている。

自由貿易主義を第一優先とすべきだというのは、一つにそれが最も効率的な改革だからだ。
法律の国内改革などは現実的にはほとんど無理だろうが、日本の法律よりも国際条約が
優先するので条約が日本の現実を変える契機になる。
WTOによる農産物の自由化が近く行われるが、これは国内法よりも
WTOが上位ルールだからである。
このWTOの条約によって日本の農産物の関税障壁は
あと数年でかなり減るはずだ。
もちろん、ほんとは国家が一切手を引くことが自由貿易において重要だし、国家間条約などもないほうがいい。
なぜなら国家間の約束で成り立つ自由貿易は不安定だからだ。
国家が手を引けば必然的に自由貿易が完全に実現する。

学校教育でいかがわしい”民主主義”など教える必要はないが、
少なくとも自由貿易の重要性は教えるべきである。
日本では殆どの人間は自由貿易の意味すら全くわかっていない。

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