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  団地生活


 引越して2週間たつが、暮らしてみるといろいろと分かって来る。コンビニが近くにないし、近くのスーパーが夜遅くまでやってないというのに不便を感じる。前に住んでいたところは、コンビニまで5分以内、よく使うスーパーは0時まで営業してたのだから、非常に便利だったのだ。まあ、歩いて20分くらいのところにあるスーパーは23時までやってるが。しかも、スーパーの品揃えも、こちらはファミリー向けになっていて、何でたまねぎが一個単位で買えねぇんだと嘆いたりしている。まあ、すぐに傷むものでないからいいけど。それにしても同じ東京都内で、10キロも離れてないのに、こんなに違うとは。単身者と家族向けの違いがここまで出てしまう。郵便ポストに入っているチラシも、以前なら宅配ピザなどの食い物系、不動産などが主で、たまにデリヘルのチラシが入っていたものだけど、今のところは、圧倒的に不動産、しかも同じ団地内での流通がどうやらあるようだ。ということは、この団地内の生活で満足してよりよい部屋に移りたいということなんだろうか。挨拶回りしたときに、ほとんどの家がリフォームしてあっていわゆる団地ぽい感じはないのに気がついた。もちろん外見は単なる団地なんだけどね。

 そもそも、団地に住むのは初めてで、新鮮というか違和感を感じたりしている。窓から隣の棟の生活が見えちゃうのなんてパノプティコンみたいな感じがしてちょっと不気味な感じがする。カーテンをすれば済む話なんだが。あと当番とかいろいろな決まりがあるようでそれを覚えるのから始まる。まあ、いろいろ不満点があるけど、広さと、遠くに多摩丘陵が見える眺望の良さは代えがたいものがある。晴れた日に富士山が見えるとやっぱり気分がいい。

 それにしても、自分が生まれ育った鉄道の沿線からどうしても離れられないのだなぁ、という話を以前、友人としたことがある。その友人たちは、それぞれ東武東上線、西武新宿線で、結婚して家を買ったりしても結局同じ路線になる。自分も会社の都合で千葉や静岡に住んだ以外は、京王線(井の頭線含む)沿線で、自分が埼京線とか京急とか東武線の沿線に住むのを想像出来なかったりする。別に京王線が特別便利とか素晴らしいということもないし、終電早いし、中央線や東急ほど沿線住人であることに誇りが持てるわけでもない。中央線の中野、高円寺、荻窪、吉祥寺、国分寺、国立、立川、東急の三軒茶屋、二子玉川、中目黒、自由が丘、田園調布、武蔵小山(商店街には活気がある)あたりと比べると、京王線の調布、府中、聖蹟桜ヶ丘、仙川あたりの街の魅力のこじんまりとした感じは否めない。そうか、井の頭線は下北沢があるか。でも、これは小田急線もあるしな。なんと言うか、中央線、東急ほどプライドはないけど、そこそこ感が京王の魅力だったりする。


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2004-06-05 22:22:09

引越しをします

台風が近づいている中、今日が引越しで、段ボール箱に囲まれながらこれを書いている状況なんである。まあ、隣の市に引っ越すだけなんで大層なものではないけれども、部屋が広くなり眺望が良くなる、ただし交通の便が若干悪くなるという具合だ。思えば、現在住んでいるところは交通の便が絶妙に良くて、三鷹台、久我山をメインに、吉祥寺、西荻窪、富士見が丘、千歳烏山の駅から何度か歩いたことがある(さあ、どの辺でしょう?)。便利と言っても、築20年以上のボロ狭アパートで、そろそろ限界かなということで。

で、GWには名古屋に行ったり、ザ・キャプテンズのインタビューをしてその関連で60年代のGSのことを調べたりしたらずっとハマっていたりという日々であった。

■GWの名古屋
イベントで名古屋に行ったわけだが「GWはどこも混んでいる」ということを身に沁みました。静岡の健康ランドは寝るスペースがなく、廊下の椅子で寝たり、矢場とんや蓬莱や手羽先の山ちゃんなど、名古屋名物の店はどこも入る気が失せるほど長蛇の列と、どこも凄かった。まあ、途中で寄った蒲郡はプチ逗子〜葉山ぽい感じで、でもそこまでハイソじゃなくていい雰囲気のところだった。

■スクール・オブ・ロック
こんなに面白いのにレイトショーだけというのは、内容ゆえか。吉祥寺では80〜90%の客の入り。期待通りの面白さで、笑いが止まらなかった。思ったのは、アメリカでも子供を私立の小学校に入れるような中産階級(日本で言う中流でなく)の家庭では「ロックはダメ」という価値観があるのだなあということ。この映画はアメリカの階級差を笑うという要素もあるのだ。

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2004-05-20 06:40:31

花のれん

 とにかく、ロックとかからかけ離れたものを読みたくなったので、山崎豊子の初期の作品『花のれん』を選んだ。山崎豊子と言えば、今なら『白い巨塔』だろという意見もあるだろけど、重くないものということで。まあ、年明けからこの前までは小林秀雄の初期のものを読んでいて、今は阿部和重を読んでいる。何の一貫性もございません。
 
 『花のれん』は大正時代の大阪が舞台で、吉本興業の創立者の女性がモデルになっている。まあ、女性がモデルの近代モノというと、一昔前のNHKの朝の連ドラみたいだけど、まあ、そんな感じもあるにはある。サクセスストーリーだし。

 呉服商に嫁いだ主人公、多加は夫が道楽によって店を潰し、いっそのこと夫の道楽を商売にしようと寄席を買って商売をはじめる。ところが、上手く行きだすと、夫は女道楽にうつつを抜かし、借金を残したまま妾宅で腹上死。残された多加はなりふり構わず、金儲けが始まり、大阪のお笑い界を支配するような存在になっていく——というのがストーリーなのだ。で、序盤で面白いのは、夫のダメ人間ぶり。どれくらいのダメさかというと、町田康の『人間の屑』の主人公に匹敵するくらいのダメさなのだ。もし、この小説が映画化されるなら、主人公は、無難に常盤貴子あたりなんだろうけど、夫役は町田康でいかがだろうか。小説で描かれている夫は体格がいいらしいので、ちょっとイメージが違うかも知れないけど。ちなみに以前、淡島千景で映画化されたときは、夫役は森繁久弥だった。

 それか、この小説を現代に置き換えて「野外レイヴ三昧で借金を残して死んだ夫に代わって、妻がオーガナイザーとして、なりふり構わず金儲けに走る」とか「借金を残して死んだ夫に代わって、ライヴハウスのオーナーとして、なりふり構わず金儲けに走る」とかかな。有名DJに取り入ったり、ブッキングマネージャーの引き抜き合戦とか——って実際にある話じゃん。まあ、野外レイヴにしても、ライヴハウスにしても、あからさまな金儲けは嫌われるけどね。○○○○○○erとか、某ライヴハウスとか。それにしても意外と現代につうじることがあったりする。『花のれん』では、大正八年ころ、関西で安来節が流行して、多加も出雲まで出かけて安来節謡いを買い付けに行って地元の人に「こげな在郷の野良唄が、ほんね商売になあますかいね、嘘みたいだがね」と言われる場面なんぞ、ワールドミュージュックブームのときに世界各地でいわれたセリフだろうし。そんな読み替えも可能だ。つうか、ロックから離れた作品を読みたいとか思っても、結局こういうことに結び付けて考えたりしてしまう。

 それと枝雀とかエンタツ・アチャコとか実在の芸人が出てきて興味深いのだけど、やっぱり面白いのは、桂春団治のエピソードだろう。「芸のためなら女房も泣かす」というのを実感できる。しかし、この小説はどうもちゃんとした男が出てこないもので、やっぱり作者が女だからだろうか。

 とまあ、楽しく読んでいたのだけど、激しく興味を引かれるのは、多加の番頭としてずっと共にする、ガマ口(ガマロでなくガマグチ)という男の存在だ(映画では花菱アチャコが演じた)。別に多加と恋愛感情とかそんなのは一切なく、ずっと商売のパートナーとして多加についていくのだ。(ガマ口自身は妻帯している)。そして、この小説の中では、最初から最後まで「ガマ口」と呼ばれ、本名は明らかにされることはない。ラストの、多加が死ぬ場面ですら「ガマ口の眼から、いきなり、涙が噴き出した。多加の顔に、生温かいガマ口の涙が降り落ちて来た。多加は黙って瞼の重たくなった眼を見開き、大きく頷いた。そして、布団の中で、今、多加の身体に残っているだけの力を振り搾って、ガマ口の手を握り返した」と涙の場面が「ガマ口」で台無しだ。おそらく、ガマ口のどこかに多加を慕っている気持ちがあったのだろう。何となくおれはそんな気持ちがわかる。だけど、「醜い」とまで描かれている男の、そんな気持ちを一切表さずに、ずっと女主人についていくガマ口の切なさが身に沁みた。

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2004-04-30 23:17:10

もし、イラクの人質が

 例えば、読売とか産経の記者だったら世間(やネット)の反応ってどうだったんだろう?ボランティアじゃなくて、イラクの復興ビジネスに来ていたビジネスマンだったらどういう反応があったのだろうか。

 確かに、人質の家族のバックにいて世論を自衛隊撤退に向けさせようとする某政党の関係者がアドバイザーとして頑張ったのが、今回の大きな誤りだったと思う。どう考えたって、残された家族が「ひたすら無事を願っています」一点で余計なことを言わずに「耐える家族」を演じていたら、世間の同情が集まって、そっちの方がよっぽどイラクからの自衛隊撤退の世論を作るのに効果的だった。それを、家族をけしかけて政府にいろいろ言わせてそれが反発を招いたと言うこともあるし、自己責任論もその対抗として出てきたわけで。「お上にたてつくな」とか「正しいことを主張しなくていいのか」ということじゃなくて、やはりここは日本であって、日本人に向けての効果的な物言いがあるっていうこと。そういう世論を読みきれなかった某政党の人はやっぱり、世間とずれていて選挙に勝てないのも分かるってことだ。

 それにしても、政府・自民党は3人を英雄扱いにすればよかったのに。昔の人はこういうのの利用の仕方をよく知っていて、上海事変で単なる作戦ミスで死んだ兵士を軍神として奉ったりしていたし。おれなら、3人を「イラクに貢献した民間人」として称揚して、ドバイだかアンマンあたりで適当な職(現地採用の外務省のスタッフみたいな感じ)を与えて日本と隔離しておいて、もちろん余計なことは言わせない。高校生君はさっさとヨーロッパの大学に留学させる。こうしておけば「日本は自衛隊だけでなく、こういうルートからの支援もちゃんとやってますよ」とイラクおよび中東世界にアピールできるし「何かあったときにはやっぱり日本の政府は頼りになる」とアピールすることにもなる。そして、その裏で、危険地帯に入っていくときの救助規定などを厳格に定めておく。今のままだと「じゃ、結局日本の政府は頼りにならないから、勝手にやらせてもらいます」とイラクなどの危険を地帯に行く人間を止めることにならない。政府・自民党もさ、もっと愛国心というのがどのように作られていくのか、真剣に考えないといけないんじゃないの?あんなに自国民に冷たくて「国を愛せ」って、そりゃ無理ですよ。

■お知らせ

名古屋なんですが。

Date : 2004年 5月3日(月) 24:00〜
Place : 名古屋 Sonset Strip→Map
Charge : 1000 yen + 1drink 500 yen
DJ : SL230、Nobuyuki、Marble River
Guest DJ : 山田ヒゲ
Guest Live : SEA SIDE JET CITY
コンドウトモヒロ(from PEALOUT)

詳しくはBlanquilizerのHPで。

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2004-04-25 11:16:18

非常に憂鬱3

続くはイラクの人質事件である。まず、最初に書いておかないといけないのは、自分は人質があろうとなかろうと、無条件で自衛隊はイラクから撤退すべきであって、それはアメリカをはじめ他の国もイラクから手を引きべきだと考える。

 この事件の知らせを聞いて非常にイヤな気分になった。日本政府は絶対に自衛隊をイラクから撤退させない、というか引くに引けない状況になってしまったと思ったからだ。どう考えたってダッカ事件のトラウマがある小泉と福田官房長官は撤退するわけがない。それで、一旦人質解放のニュースが流れたときに、これで小泉政権は追い風になってうまいことだらけじゃないかと思って鬱になった。それはアメリカ軍や自衛隊の手を煩わせずに人質は助かり、責任は追及されず、早々自衛隊撤退せずと表明したことでアメリカにも誉められ、福田官房長官は父親の最大の愚策を克服できたんだからオイシイことだらけじゃないか。これで参院選挙までヘマしなければ、選挙に勝てるだろう。小泉は3人に感謝状を送るべきだ、とニヒルな気分になった。

 今は事態が流動的になっているんで、何とも言えなくなったけれども、毎度おなじみになったとは言え、ネットでの反応もイヤな感じだった。まず、危険地域に自ら入って行った3人の覚悟(注)を問う声があるけど、そんな覚悟があったかどうかなんて、現在の乏しい情報からじゃわからない。それは仮に解放されてからじっくり問えばいい。それから自作自演説を振りかざすのもいるけど、これも現在の乏しい状況からは何とも言えないし、どうとでも解釈できる話を強引に自作自演にひきつけているだけに過ぎない。これだって、解放されてからじっくり問えばいい。ネットに巣食うウヨ君たちのサヨク憎しはよく分かったからさ、事実を捻じ曲げてあれこれ言っていると、だったらウヨ君たちが捻じ曲げているという、○○事件や、○○○問題のことを言えないじゃないか。しかも、もし仮に自作自演だったら小泉政権は3人にナイスアシスト賞で感謝状どころか、金一封くらいを渡さないといけなくなる。撤退せずで、アメリカ相手に格好つけられるし、市民運動の信用はガタ落ちになるし、人命は助かって責任は問われない、小泉にとっていいことだらけじゃないか。それを何故わざわざ叩く?

(注)わざわざ危険地帯に足を踏み入れる人の実存については、福田和也『奇妙な廃墟』の文庫版389ページから399ページを参照のこと。優れた詩人、ジャーナリストであるロベール・ブラジヤックがナチスの蛮行を知りつつもなぜ対独協力をしたのか。もちろん、ブラジヤックと3人の思想は正反対だし、3人がブラジヤックほどの覚悟があるかどうかは知らないけど、危険地帯に惹かれていってしまう人はもはや止めようが無い。「かれのアンガージュマンの経歴はその政治性によって評価されるべきものではなく、その幸福の意志と義務感の止揚へのへの努力として評価されるべきものである。そして敗戦にうずくまり、誰もが口をつぐむ占領下の時代にも、かれは引きこもることをしないで前に進みでて、奮闘のあげく、暗い欲望の奔流に身をまかせてしまったのである」(398ページ)。

 それと3人のイラク行きの目的を偽善というやつ、偽善って善を偽るってことなわけで、イラクの子供たちを助けると言って、その子供たちを虐待とかしているのか?その活動を隠れ蓑にして違法な金儲けをしているのだろうか?劣化ウラン弾の被害を調べる傍ら通常兵器の横流しでもしているのだろうか?そういう証拠が出てきたら偽善と認めていいけれども、ただボランティアをやっている人を捕まえて偽善だと非難するのは、まともな人間がやることじゃない。だったら「人道支援」と称して、アメリカのケツを舐めている政府は偽善とは言わないのだろうか?大体、人を偽善として告発できるのは、その人がどれだけの善を成しているのか説得力が必要なんである。聖書に姦淫(要するに不倫だな)を犯した女を連れて来てイエスに、この女は罪を犯した、戒律では石を投げる(殺す)とあるがどうするのか、と問うた人に「しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい』」 (ヨハネによる福音書8章7節)。
 
 でもって、イラク派兵というのは何なのかというと、日本は過去にも同様のことを行なっていたのである。1918年にチェコ兵の救出を名目に国際協調しながらシベリアに出兵した件である。大義に疑問を持たれ、結局は尼港事件という悲劇しか残らなかったこの出兵は驚くほど現在に似ている。シベリア出兵(ただし、このサイトの作者の立場は反戦ではないし、シベリア出兵にも一定の評価を下している)。


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2004-04-13 01:18:35

非常に憂鬱2

 今日はたくさん書くと思います。イラクの問題もそうだけど、まずは輸入盤問題の続きで。自分は音楽業界人じゃないんだけど、30歳を過ぎてからたまたま、フジロックフェスティバルの片隅にいるようになった。その流れでsmashing-magというところでbleachとか東京ピンサロックスとかMONG-HANGとかキャプテンズとかを応援させてもらっている。magにいるおかげでプロモCDを貰ったりということはあるけれども、基本的には欲しいCDは買っている。「基本的には」と書いたのは彼女が買って置いていったCDをこっそり聴くこともあるわけで、そんな情けない事実があるように、自分はCDを買う金があんまり無い。前の会社に勤めていたときは、毎月2万円程度はCDに費やしていたけれども、現在はそんな余裕も無く、今では、ライヴ会場の手売りで買う以外は、もっぱらアマゾンかディスクユニオンでしかCDを買っていない。この前、久し振りにHMVで渋さ知らズのCDを買ったらとっくの昔にポイントカードの有効期限が切れていて、この1年、いかに自分がアマゾンとディスクユニオンに頼っていたかを気づかせることになった。

 アマゾンを利用するきっかけになったのは、高橋健太郎さんのBBSで石田昌隆さんがマッシヴ・アタックのCDをアマゾンで買えば、CCCDじゃないのが手に入ると書いていたからで、マッシヴ・アタックのCDを初めてとしてレディオヘッドもADFも、と買っていくようになったのだ。だから、今回のアマゾン潰しと思える法規制は単純にムカつくわけなんですよ。だけど、同時にそんな洋楽ファンの声というのがどうやってみんなに届くのか、それを考えると本当に憂鬱な気持ちになる。トラックバック先のURLの小野島さんのblogには、いろんな音楽業界人のリンクが貼ってあっる。だけど、ロッキンオン関係がありませんね。フリーの人はリスク背負って発言しているのに。まあ、ロッキンオン公式掲示板では議論されていますが。高校・大学とロッキンオンで育ったといっても過言でない自分としては本当に情けないと思う。

 まあ、だけど、そんなこと言っても仕方が無い。目下の自分の関心事はどうやって法案成立を阻止できるのか、具体的なことですね。

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2004-04-12 23:30:24

非常に憂鬱


 以前にも書いたように、学生服を販売する売り場はここ一週間が一年で一番忙しい。忙しかったので、適当な文章を書き散らかしたり、ろくに自分のところも見てなかったりだった(石田さん、コメントをつけていただいたのにスイマセン)。忙しいのは入学式が近いせいで、それに伴って「まだ届かないのか」とか「届いたものを着てみたらサイズが違う」だののクレームの嵐。毎年のこととは言え、4月6日あたりをウキウキした気分で過ごしたことはない。まあ、この忙しさがあるから7月とかがヒマなんでフジロックが余裕で行けるんですが。

 そんな中、行くライヴがどれもこれも素晴らしいんで、それで精神の均衡がとれたのだった。4月1日のブラフマン、ブルーハーブ、3日のbleach、7日の渋さ知らズ。特にbleachと渋さ知らズは最高だった。bleachはサウス・バイ・サウスウエストを含むアメリカツアーで確実に成長して(SXSWのジャパンガールズナイトで唯一アンコールがかかったそうだ)、背筋がゾクゾクしっぱなしだった。

 まあ、だけど、憂鬱な感じは拭えない。最近のイラクの人質事件もそうだけど、一番はもちろん輸入盤問題だ。どうすれば、この法案の成立を止められるのか、必死に考えてみた。

1.有名人に反対派になってもらい、この問題を広く知ってもらう。

しかし、この場合、誰が賛同してくれるのだろうか。山下達郎か、村上龍とか村上春樹あたりだろうか。洋楽を愛好していて、かつ、一般人にも広く名前が知られていて発言力があるといえば、このあたりなんではないだろうか。レコード会社の犬と化したロッキンオンに出来るわけないが、渋谷陽一とかがこの問題で発言したとしても、そんなに影響はしないだろう。小西康陽やピーター・バラカンでもイマひとつだろう。

2.自民党議員に働きかける。

この問題では民主党が頑張っているようなんだけど、残念ながらこのことが憂鬱の原因だ。この問題を与党VS野党の図式にしてしまっては、数の力が無い方の結果の負けでしかない。反対派も「自民党ムカツク」とかで反自民色が出てしまったらより、不利な状況になっていく。せめて、自由主義市場原則に反するということを訴えていくしかない。共産主義国家のように海外の情報が乏しい国にするのか、と。もちろん、おれ自身は自民党は嫌いだし、自民党へは投票したことも一回も無いのだけど、この法案を止めるという一点においては自民党議員へロビイングした方が有効なんではないかと思う。

 だけども、結局のところ、この問題でとりあえず直接的に被害を受けるのは、輸入盤をたくさん買うような洋楽マニアだけなのであって、ほとんど大多数の日本人にとってはどうでもいいことなんである。そして、マニアたちが狙い撃ちされて反対の声を挙げているわけなんだけど、この問題で賛同してくれる一般の人がどれほどいるのだろうか。ゆくゆくは日本の音楽文化が衰退して先細っていくということを訴えたところで、洋楽に興味が無い人にとっては「だから何?」ってところだろう。何というか、つまりこういう問題が起きたときに、味方になってくれる人を日頃から作っておかなかったツケがここにきて回ってきているのだ。ビギナーのリスナーを馬鹿にして、音楽の素晴らしさを語る前にコレクションや知識の数を自慢して、他のジャンルを聴く人をお互いけなし合い、先民意識だけは肥大させて、他人から「変わった音楽を聴く人」と思われてもむしろ誇りに思い、好きな人同士の小さいサークルで自足して、友人は少ない洋楽ファンの訴えに、誰が耳を傾けてくれると思うのか。もちろん、初心者にやさしくて、ジャンルに偏見が無く、謙虚な人で音楽を聴かない友人も多い人もいるにはいるのだろうが。それにしても、こんな票に結びつかない微々たる数の訴えが、どこまで届くのか。もちろん、自分もできることはやりたい。でも、憂鬱な気持ちは消えないのだ。


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2004-04-10 00:53:01

てるてる家族終了に寄せて

NHKの朝の連続テレビ小説「てるてる家族」が終わって「天花」が始まった。「天花」のあまりのクソっぷりに悶絶しそうになる。そして、「てるてる」の喪失感の大きさに改めて気付くのであった。思えば、これほどのめりこんだ朝ドラもなかった。どうにか健康ランドのモニターやネットカフェでピンチを乗り切り、全話を観たのだった。

「てるてる」は要するに、朝ドラのフォーマットを使ったカルトドラマであって、2ちゃんテレビドラマ板で賞賛の多さと、視聴率の低さがそれを物語っている。NHK的には衛星放送の視聴者が増えたからと説明しているけど、どうなんだろう。あれだと保守的な人たちには受け入れられないと思う。それは仕方ないけど、ファンの熱心さが視聴率歴代最低朝ドラを救うかも知れない。

何がそれほどまでに惹き付けたのかというと、もちろん脚本の丁寧さもあっただろうし、笑いあり、少々涙あり(しかもあざとくない)の構成も良かった。それに加え「萌えドラマ」だったということなんだろう。性格の違う美人4姉妹を揃え、それぞれの見せ場を作っていったというのが良かった、特に三女の秋子はどうなることやらと思っていたら、最終週はほとんど主役を食う勢いでちゃんと製作者側が登場人物に愛情を注いでいたのが分かる。

それに比べまだ3回しかやってないけど「天花」のダメさ加減はなんなんだ。「こころ」のようにひどい脚本に文句をつけて楽しむドラマになるのか。既に2ちゃんドラマ板ではそうなっている。

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2004-03-31 08:52:49

季節だけが暦を変える

 どうも季節が狂っているような気がする、というか、暦からはズレている。ここ数日寒いからということもあるけど、ここ数年そうなんじゃないかと。今までは四季については以下のような認識があったと思う。

春:3月〜5月
梅雨:6月
夏:7月〜8月
秋:9月〜11月
冬:12月〜2月

となる。ちなみに旧暦では

春:1月〜3月
夏:4月〜6月
秋:7月〜9月
冬:10月〜12月

 なわけで、これがよく言われる「暦の上では春ですが・・・」(これも最近死語だよな)である。しかし、今ではこんな感じではないだろうか。

春:3月下旬〜4月
初夏:5月〜6月上旬
梅雨:6月中旬〜7月中旬
夏:7月下旬〜9月
秋:10月〜12月中旬
冬:12月下旬〜3月中旬

 5月くらいからTシャツと短パンでOKになってくるし、5月には衣替えになる学校も増えている。梅雨は6月というより7月のイメージが強くなってきているのでは?9月になってもかなり暑いし、去年なんかは、12月に入ってもイチョウが散ってない。3月でも冬物のコートが仕舞えない。このように季節が後ろにズレてきている。旧暦の仕組みというサイトによると昔の人は暦と季節がズレてしまうため、閏月というのを作って補正していたようだけど、今の事態はそれとは意味合いが違う。なんですか、こういうのを温暖化というのでしょうか。そうなると季節観・季節感も変わってくるよな。俳句の季語も変更を強いられるし、9月に生まれた子に「夏子」とかつけてもおかしくなくなるとか。

■今さら知ったことだけど。

 ネットを何気なくサーフィンしていたら、こんなのに出会った。町山智浩アメリカ日記。1989年に北京の天安門事件では学生の虐殺が起きてなかった、ということである。詳しいことは→「『天安門広場の虐殺』伝説の創出・伝播とその破綻」。要するに、学生側のリーダーは軍を挑発して学生を殺させ、自分はアメリカの手引きで国外に脱出、ところが取り残された学生は無血で広場を撤収して、リーダーたちの思惑は外れた、と。ところが「人民解放軍による学生の虐殺があった」というストーリーにしたい西側(これも死語か)のマスコミは、現場が「虐殺はなかった」言っているのにそれを無視して人民解放軍が学生を虐殺したことに固執していた。後にひっそりと「虐殺はなかった」と報じたが、普通の人たちの大多数は「1989年に北京の天安門広場では学生が虐殺された」と信じ込んでいるということだ。
 
 こういうマスコミもひどいが、学生のリーダー柴玲たちもかなりひどい。彼女のひどさはリンク先を見てもらうとして、当時、中国で大学生になれるというのは党幹部とかの金持ち階級の子弟だけであって、そういうやつらが西側(死語)の思想にかぶれてこんなことをやらかし、さっさと国外逃亡というのは、いかに金持ちの階級が信じられないかということだ。立花隆の『日本共産党の研究』によれば、日本でも戦前の共産党の党中央で活動していたのは金持ちの子弟で、労働者の叩き上げは少なかったわけだし。

■ついでに書いておこう

 よく、お受験とかに熱心な日本の金持ちのお母さんたちは、子供をガキのころからヨーロッパに行かせて「子供には一流の文化を見せたいんですの」とヌカしているけども、確かに彼らの上流階級が醸成した文化には学ぶところもあるし、素晴らしいものもあるけれども、同時に、それはアジア・アフリカ諸国から強盗同然に収奪したものの上に成立していることを忘れちゃいかんだろと。大英博物館がエジプト人やトルコ人などから「泥棒博物館」と呼ばれていることは有名だし。しかも、ヨーロッパ人たちが世界中に禍根をばら撒き、現在の中東やアフリカの紛争の原因になってテロの温床になっているわけだ。そういうことをイギリス・マンセーのマークスなんとかさんはどう思っているのだろうか。


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2004-03-24 15:08:11

ここまでで見えてきた真実。

こうしてアクセス解析付きのサイトをやってみて分かったことは、文中に「パンチラ」と書いておくと検索エンジンで引っかかってアクセス数が増えるということだ。アクセスが少なくて悩んでいる皆さん、「パンチラ」ですよ。「パンチラ」。今なら「綿矢りさ パンチラ」とでも書いておくとアクセス倍増だ。それと鉄道ネタを書いてから「Nゲージ」とかで検索してきた人もいる。「パンチラ」と「Nゲージ」。インターネットというものが日本でどういう人によって利用されているかよく分かる話じゃないか。

■日本はロックの正倉院

 マジック・ロック・アウトでプライマル・スクリームを観た。ここ数年すっかり安定したメンバーによる、すっかり安定したロックンロールは相も変わらず良かったわけなんだけど、相変わらず盛り上がり、日本で大人気であるということも、よーく分かった。去年のレディングに行った友人によると、プライマルは早い時間に登場して、全くの不人気ぶりだったらしい。まあ、本国でこんな扱いで、日本ではトリを堂々と務められる(心配された集客もマズマズだったし)のならば、そりゃ毎年でも日本に来たくなるよな。考えてみれば、何かここ数年は毎年プライマル・スクリームを観ているような気がする。

 そういう現象に伴って、よく「○○はビッグ・イン・ジャパン」とネット上でヒステリックにバンドを叩く人が出てくるけど、そういう歪んだ自虐的な馬鹿はどうでもいいとして、まあ、要するに日本はロックの正倉院なんじゃないかと。奈良時代、シルクロードを通って唐(中国)に集められたローマや西アジアの宝物が日本に集められて正倉院という倉に保管されたという事実を想起すれば、日本でプライマルのようなエレクトリックでノイジーでダブな要素が混在するロックンロールを保管してあげているという感じがする。キング・クリムゾンが活動できるのも、日本のマニアが次々と乱発されるライヴ盤を買ってくれているからだろうし(おれは途中で断念しました)、ユーロプログレなんか日本のマニアが支えているのが大きいんじゃないだろうか。ギャラクティックとかストリング・チーズ・インシデントなんかのジャム系のバンドのライヴに行くと、日本の熱心なマニアが、今後の彼らの経済を支えるようになるんじゃないかという予感がする。そうやって、雑多な宝物がボンボン放り込まれているのが日本の洋楽ロックのありかたなのでは。

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2004-03-22 23:23:21

 
 

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